冬のある日の米花駅前。時間はちょうど正午。
珍しい6人がここで待ち合わせをしていた。
工藤新一に毛利蘭。服部平次に遠山和葉。そして京極真に鈴木園子。
工藤新一は今更珍しくなくなったが、平次と和葉が揃って上京した日に、偶然京極真が帰国していたのは奇遇としか言いようがない。
園子が常々ノロケている噂の「真さん」に会ってみたいと最初に言い出したのは和葉。平次もやっぱり興味はあった。
新一もまだ真には片手の指で数えるほどしか会っていないし、しかもいつも挨拶程度。園子に至っては紹介したくてうずうずしていた。
ここに、トリプルデートが成立するのにそれ程時間はかからなかった。
「久しぶりだね、和葉ちゃん!!」
「蘭ちゃ〜〜ん。元気やった!!??」
「よ、久しぶりやな」
「……おめーは相変わらず殺しても死なねーくらいに元気そうだなー」
まずは4人が再会。それを物陰で見守る2人。
「……園子さん。わざわざ遅れて行く必要はあるのでしょうか」
「いいのよ!!今日の主役は真さん、貴方なんだから!!とりあえず蘭たちの再会は終わらせておいてもらわないと」
「そういうものでしょうか?」
「そういうものなの。大体ねえ、いい女は遅れてくるもんなのよ」
「遅刻はいけないと思いますが」
「あ、そろそろいいかしらね。行きましょ、真さん」
「はあ」
まるで今駅に着いたような顔をして、園子が4人に走り寄る。
「ごめ〜〜〜ん。ちょっと遅れちゃった!!??」
「園子ぉ!!あ、京極さん、お久しぶりです」
「彼が噂の「真さん」やの!!??初めまして!!アタシ、遠山和葉いいます!!もう、噂は園子ちゃんからいっつも聞かせてもろてます!!」
元気な女性陣に次々と挨拶されて、慣れない真が少したじろぐ。
「は、初めまして。京極真といいます。今、日本を離れてることが多いのですが……皆さんのことは園子さんからいつも聞いてます。ええと……」
「蘭は、知ってるわよね。で、こっちが何度か会ってると思うけど、蘭の彼氏の工藤新一君。で、こっちが和葉ちゃんの彼氏の服部平次君」
四人の顔が一気に赤くなる。そして次の瞬間。
「ばーか。こいつはただの幼馴染だよ」
「やーね。こんなやつただの幼馴染よぉ」
「あほ。こいつはただの幼馴染や」
「なに言うてんの!!こんなんただの幼馴染や」
微妙に違う言葉で同じ主旨の台詞がそれぞれの口から出た。
「あんたたち……まさかまだ……」
園子の額を冷汗が流れる。真一人が事態を飲み込めずそれぞれの顔をかわるがわる見比べる。
「はあ……っ。いい加減にしなさいよね……あんたたちも」
「そうは言うけど」
蘭が小声で園子に囁く。
「じゃあ園子は、ちゃんと真さんに自分の気持ち伝えたの?」
「うっ……」
つまり、6人が6人とも、相変わらずと言うわけなのである。
***
「ええ!!スケートなん!!??」
「そうよ。トロピカルランドのスケートリンク。服部君から聞かなかった?」
「平次、トロピカルランドって言うてたけど……」
「パパからスケートリンク無料券貰ってきたの。だからスケートにしようって……」
「えーーーーーーーーーー!!」
環状線の中で和葉が小さく悲鳴をあげる。男性陣は京極の海外話に盛り上り中。
「アタシ、スケートなん、したことないで」
「え、そうなの?」
「蘭ちゃん、滑れるん?」
「うん。新一に教えてもらって……服部君は滑れないの?」
「知らへん。一緒に行ったこと、ないもん」
「簡単よー。スケートなんて」
「そう言えば真さんは滑れるの?スケート」
「あ、そう言えば聞いてない」
「私もスケートは初めてですよ。遠山さん」
突然声をかけられて和葉が驚いて振り返る。
「初心者同士、頑張りましょう」
「あ、私も!!」
園子が勢いよく手を上げる。
「実はそんなに行った事なくて……まだ下手なの!!真さん、頑張りましょうね!!」
「ええ。園子さん。怪我しないように気をつけましょう」
「真さん……」
既に瞳がハート型の園子の邪魔をしないように、和葉が心持ち一歩下がる。
「蘭ちゃん、教えてな」
「うん」
不安げに振り返る和葉に、蘭がやさしく頷く。
「で?ホンマはどうなんや?」
「ああ、園子か?スケートなら上手いよ、あいつ。ま、いいんじゃねーのか?きゃ〜〜ぶつかっちゃった〜〜とかやりたいんだろ。きっと」
「……そんなことやろと思たわ」
***
真と一緒に居られる喜びから満面の笑顔でスケート靴を履く園子の隣で、沈痛な面持ちで和葉がスケート靴を履く。
蘭がその顔を覗き込んだ。
「大丈夫?和葉ちゃん。そんなに、不安がることないよ。すぐ滑れるようになるって」
「そうやろか……転んだら、痛そうやん」
「まあ、そうだけど……」
「スキーとは、やっぱちゃうんやんなあ。スキーやったらできるんやけど」
「そうなの?じゃあ、今度スキーに行こうよ。皆で。北海道とカナダのスキー場の近くに別荘あるよ」
「べ、別荘……」
「真さんも、また皆で集まる機会があったら是非呼んでくださいって言ってたし。意外と気が合うのねえ、あの三人」
「ホント。服部君と新一は同じ推理オタク繋がりで分かるけど、真さんも気が合うとは意外」
「ま、言ってしまえば真さんも、単なる格闘オタクだしね。ま、そこがカッコいいんだけどーーーーー!!」
「はあ」
和葉が深くため息をつく。
「ご、ごめん。私……一人ではしゃいじゃって」
「そんな!!園子ちゃんのせいじゃないよ!!ごめん。あかんなあ、アタシ。皆に心配かけとったらあかんわ。大丈夫!!頑張るよ」
「うん。和葉ちゃんは元気な方が和葉ちゃんらしくていいよ。さ、行こう?新一達、もうリンクにいるよ」
和葉が恐る恐る立ち上がる。
「大丈夫。ここはそんなに滑らないから」
「じゅ、十分滑りそうやねんけど……ってことは氷の上は……。ああ。Gパンで来てよかったわ……」
蘭に手を引かれて、そおっと歩き出す。リンクで真が手を上げる。
「園子さん!!ここです!!」
「真さん!!どう?氷の上は」
「スケートって案外簡単ですね。さっきちょっとお二人に教わってそこまで往復してみたんですけど、転ばずにいけました」
「ほら、和葉ちゃん。京極さんも簡単だって。大丈夫だよ」
「う、う〜〜ん」
和葉はリンクの縁で立ち止まってしまってなかなか氷の上に立てない。
「大丈夫ですよ、遠山さん。一歩滑って、転ぶ前に次の一歩を出せば転びませんから。歩くのと一緒です」
同じ初心者の真がにこやかに和葉を励ます。
「……そういう問題やろか」
「まあ……理論としては、間違ってないけどな」
何しろ理論的に銃弾を交わす人間の言葉の重みは違う。
「そういや服部は結構滑れてるみたいだけど、今まで遠山さんと行った事なかったのかよ」
「俺か?だって俺、二回目やもん。ちょっと前に一回付き合いで部活の奴らとな。別に……なんとなく最初から滑れたし」
「……さすが本能で生きてる奴は違うなあ」
「なんか言うたか?」
「いや別に。二回目にしては上手いなあ、と思ってさ。だったら遠山さんに教えてこいよ」
「あーほ。こんなもん、甘やかしたかて滑れるようにならんわ。転んで覚えな」
「お前は転んだのかよ」
「あほ。俺が転ぶか」
つまり運動神経とくそ度胸でなんとかなったタイプなのである。
確かにスケートは怖がっている方が転びやすい。現に、今の和葉のように腰が引けてる状態ではかえってよくない。
「和葉ちゃん、怖がってる方が転びやすいから。前かがみにならないで、ちゃんと立った方が安定するんだよ」
「蘭ちゃん、手ぇ離さんといてな」
「うん。大丈夫。ほら」
「和葉ちゃん、頑張れ!!」
「大丈夫です。遠山さんなら出来ますよ」
真の言葉の根拠の程は計り知れない。
「やっぱ転ぶ気ぃする〜〜〜」
「アホ。転ぶこと怖がっとったらいつまで経っても滑れへんでぇ。人間、思い切りが大事や」
「アタシは平次と違って心臓に毛ぇ生えたりしてへんの!!一緒にせんといて!!」
「一回転んどけ。その方が気ぃ楽になんで?」
「あ、でもそれは一理あるよ。遠山さん。転んでもいい、位の勢いで行った方がかえっていいんだよ」
蘭の手を握り締めて和葉が何とかバランスを取って氷の上にたつ。
「立てた!!」
「できたできた。じゃあ、遠山さん、そのままちょっとだけ足踏み出してみなよ。最初は小さくでいいから」
「う、うん」
生まれたばかりの小鹿のような危うさで、和葉がそっと足を出す。一歩。二歩。
「うわ〜〜ん、怖いい〜〜〜」
「大丈夫だよ。和葉ちゃん。できてるできてる」
「そうっとでいいのよ。頑張れ!!和葉ちゃん!!」
残りの5人の視線が和葉に集中する。
「「「「「あっっ」」」」」
「あ、アホ!!」
和葉がバランスを崩す。次の瞬間……。
「何やっとんのや、お前は……」
一番遠くで見ていたはずの平次が−−和葉の手を握っていた蘭よりも早く−−和葉を抱きとめる。
「……甘やかしたらあかん、なんじゃなかったのかよ」
出遅れた新一が、ぼそっと呟く。ジト目の園子が呟き返す。
「転んで覚えな〜〜〜、とかさっき聞こえたきがするんだけどぉ?確か」
「ま、こうなることは分かりきってたけどな」
「でも遠山さんが無事でよかったです」
「真さん!!私が転んでも、きっと助けてね!!」
「勿論です」
「……」
ひとしきり平次と悪態をつき合った和葉が、再び蘭に片手を預けて挑戦し始める。
「すっかり蘭をとられてるんじゃない?新一君」
「しゃーねーだろ?蘭の奴も遠山さんには弱いし」
「服部君が教えればいいんだけどねー」
「あいつが自分で素直に教えに行くと思うか?」
「……思わないわ」
「だろ?」
さっきよりスムーズに和葉が滑りだす。
「そうそう。和葉ちゃん、いい感じ!!」
「う、うん……なんか……ちょっと、わかってきた、かも」
「じゃ、手ぇ離すからね」
「う、うん」
二人の手がそっと離れる。
「ばか!!蘭!!」
「え?」
「止まり方教える前に手ぇ離してどうするんだよ!!」
「あ!!」
次の瞬間、また一陣の影が滑り込み、人にぶつかりそうになった和葉を抱きとめる。
「すんません。こいつ、初心者で」
「い、いえ……」
相手の男が「ぶつかってくれても良かったのに」と言いたげなのに一瞥をくれ、そのまま和葉を抱えて蘭たちの方へ戻ってくる。
「アホ!!平次!!離してぇな!!」
「アホってなんやねん。お前、知らん人にぶつかるとこやってんで。お前もやけど、相手に怪我させたらどないすんねん」
「うー」
「さっきといい、今といい、お礼の一つも言えんのか。お前は」
「……ありがとうございます」
「せやせや」
抱えてた和葉を、バランスが取れるようにそっと下ろしてやる。
蘭が新一にそっと囁く。
「服部君って、上手いのねー。スケート。あんなスピード出して、ちゃんと和葉ちゃん抱えて止まれるんだもん」
「あれは反射神経で生きてるからなあ。脳味噌使ってねぇんだよ。それより蘭、ちょっと滑ってこようぜ」
「え?でも……和葉ちゃんが……」
「大丈夫だって」
強引に蘭の手を取り、滑り出す。その後姿を、平次はため息混じりに見送ると、園子と真を振り返った。
「あんたらも、滑ってきたらええわ」
「え?」
「久しぶりに会うてんやろ。行ってき。和葉はここで、俺と特訓や」
「うっ……」
「まさか二人に一緒におって欲しいなんて、言わへんよなあ?和葉ぁ」
「……園子ちゃん、行ってきて。アタシの為に待たせるん、申し訳ないわ」
「ごめんね、和葉ちゃん……」
「ええのんよ。気にせんで。京極さん、園子ちゃんが怪我せんように、守ったげてな?」
「勿論です。じゃ、行きましょう、園子さん」
「はい!!!!」
***
「和葉ちゃん、大丈夫かなあ」
「大丈夫だろ。服部が一緒に居るんだから」
「服部君、ちゃんと教えてあげてるかなあ」
「あたりめーだろ?遠山さんに一番怪我させたくないのは服部なんだから。なんだかんだ言って手取り足取り腰取り教えてるって」
「腰って……」
蘭が頬を赤らめる。
「なんだよ。思い出したのかよ」
「え?」
「蘭も最初は全然滑れなかったからなあ。人に教えられる日が来るとは、教えた俺も感無量だぜ」
「うっ」
「遠山さんの比じゃなかったぜ?全然氷にあがろうとしねーし」
「……覚えてるわよ」
強引に引っ張ってくるために握った手だが、とりあえず離すつもりはない。そのまま再び滑り始める。
多分、あの後、園子と真もあの場を離れただろう。そっちの二人ともなるべく遭遇しないように、どんどん滑る。
「あん時も新一、こうやって私のことぐいぐい引っ張って」
「でもそのうち一人で滑れるようになってただろ?」
「そうだけど」
新一の手を、蘭が握り返す。ちゃんと握っていないと、新一はどんどん先に行ってしまう。
「もう、置いてかれるのは、やだからね」
「あん?」
「なんでもない」
「なんだよ」
新一が急ブレーキを掛けて蘭の前に回りこむ。咄嗟のことに避けきれず、蘭がそのまま新一にぶつかる。
ぶつかって……そのままその胸に飛び込んだ形になった。
「新一!!」
「危ねぇなあ」
「だって!!今のは新一が!!」
「危ねぇから、暫くこうしてよぜ」
「もう!!」
そのままでちょっと移動し、リンクの外壁に寄りかかる。
「園子、真さんと上手くやってるかな」
「お前って、人の心配ばっかなのな」
「だって」
新一の腕の中をすり抜けて、隣に並んで壁に寄りかかる。
「折角二人とも、久しぶりに会えたんだよ?うまく行くといいな」
「大丈夫なんじゃねぇの?京極さん、ちょっと天然だけど、いい人だし。しっかりしてるし。園子とは合うんじゃねーのかな」
「やっぱり新一もそう思う?」
「どの辺?」
「天然」
「思うぜ。基本的にいい人なんだろうなあ。で、格闘オタクっぽいじゃん?その他のことが何か抜けてるって言うか……天然」
「園子と、合うかなあ」
「合うだろ?きっと園子の方がぐいぐいひっぱってくんだぜ。いいコンビだよ」
「そだね」
蘭が笑うのにつられて、新一も笑う。平次が見たら「人の心配するより、自分らはどうなんや?」と突っ込む所だろうが、本人たちは気付かない。
まあ、無意識のうちに二人の関係が確立して余裕があるからこそ、人の心配が出来るわけだが。
「ね、もう少し滑ろうよ」
「そだな」
自然と手を繋いで。二人はまたリンクの中央に向かって滑り出す。
「あ!!」
油断した蘭がエッジを氷に引っ掛けて前のめりに倒れかかる。
「蘭!!」
支えようとしたが間に合わない。そのまま滑り込んで蘭と氷が直接衝突するのを避ける。
つまり、蘭は新一の上に倒れかかることになったわけで。
「きゃあ!!」
思わず叫んで目をつぶった蘭が、恐る恐る目を開ける。もっと転んだ衝撃があると思ったのだが……。
「新一!!」
「イタタタタタタタ」
「だ、大丈夫!!??」
「大丈夫だ。ちょっと……肘打っただけだから。痣になったかな?」
「ご、ごめんなさい……私……」
「いいっていいって。それよりさ」
「なに?」
「もう少し、こうしていようぜ」
「ば、バカ!!」
真っ赤になった蘭が新一の上から飛び起きる。
「なんだー。つまんねぇの」
「バカ!!新一のスケベ!!」
「押し倒したのは蘭じゃねぇかよ」
「それは!!」
ゆっくり身を起こして蘭の髪を軽く撫でる。
「冗談だよ。さ、行こうぜ」
***
「きゃあ!!」
今のはちょっとわざとらしかったかな、と不安になりながら真に縋りつく。
「大丈夫ですか?園子さん」
真の声は変わらずに優しい。園子の演技に気付く様子もない。
その辺が、かわいいのよね〜〜〜〜〜〜。
園子は顔が緩んで仕方がない。頼れる時には誰よりも頼れるのに、普段はこんなに抜けていると言うかなんと言うか。
「気をつけてくださいよ、園子さん。怪我などしたら大変です」
「うーん。でも今のでちょっと、足捻っちゃったかも〜〜」
「だ、大丈夫ですか??では少し休みましょう。滑れますか?」
「ちょっと……痛いかも……」
「じゃあ」
何か反応する前に、ひょいっと抱えあげられる。
「ま、真さん!!??」
そのままお姫様抱きにされて、リンクの縁のベンチまで運ばれる。……今更嘘とは言えない。
真が嫌がると思って、今日はミニスカートではなくサブリナパンツにしておいた。正解。
「大丈夫ですか?ちょっと失礼」
園子に何かを言わせる間を与えずに、真がてきぱきと園子の足首を確認する。
「特に腫れてはいないみたいですが、軽い捻挫でしょう。事務所から、湿布を貰ってきますから」
「えええ!!いいわよ!!平気!!ちょっと休んだら、すぐ治るわよ!!」
「いいえ。こういうのは最初の処置が肝心なんです。すぐですから、ちょっと待っててください」
あっという間に戻ってきて、手際よく包帯を巻く。
頼れる男って、こういうのを言うのよね!!と感激した園子だが、確り巻かれた包帯は隠しようもなく、今日一日演技続行は決定らしい。
「すみません。園子さん。私がもっと、ちゃんと園子さんを支えられていれば」
「そんな!!気にしないで、真さん。私が……下手だから……」
「いえ、園子さんは十分、滑ってますよ。大丈夫です。また、脚が治ったら滑りに来ましょう」
「ええ!!」
「何か飲みますか?買ってきますよ」
「じゃあ……」
こういう時は何を言うのがかわいいんだろう?蘭なら。和葉ちゃんならなんと応えるだろう?
「オレンジジュース」
「え?」
「え、なになに??」
「いえ、意外だったので。園子さんは割とスポーツドリンク系がお好きだと思っていたので」
それを言うならスポーツドリンクではなくてサプリメントドリンクだ。
会って二人でいる時間はまだホントに短いというのに、そこまでチェックしていたのだろうか?
「う、うん。なんだー。わかってるんじゃない。真さん。じゃあ、なんかスポーツドリンク。なかったらオレンジジュース」
「オレンジジュースもお好きなんですね」
「う、うん」
「覚えておきます」
自販機に向かう後姿を見送りながら、園子は幸せな気分に包まれていた。
気障、というわけではないのだが……どうだろうか、この気の配りよう!!この実直な性格!!
どうよ、どうよ、どうよ!!これが私の真さんなのよ!!と、大声で叫びたくなる。
新一も服部君もいい男だとは思うけどさ。まあ、二人ともオンナ付きだし。私には真さんがいるし。皆早くくっつけばもっと楽しいのになあ。
「どうぞ」
「ありがとう!!真さん!!」
「そういえば、先ほど毛利さんたちを見ましたよ」
「え、どこで?」
「もっとずっと遠くでしたけど。お二人で、手を繋いで滑っていました」
しまった……手を繋いで滑る。それはやりそこなったなあ。園子がそっと舌打ちする。
「工藤君は今日初めてきちんと話しましたけど、いい人ですね。服部君も、遠山さんも」
「でしょーー!!!!蘭は私の無二の親友なの!!新一君に渡すのはちょーーっと勿体無いけど!!まあ、あやつもルックスいいし、ま、頭もいいしね」
「服部君と遠山さんも、お似合いですよね。お二人ともちょっと意地っ張りですが」
「そうなのよ。でも和葉ちゃんはそこが可愛いのよーー。いっつも一生懸命でついつい応援したくなるじゃない?ま、服部君ならなんとか合格かな」
「園子さんは、ホントに皆さんのことが好きなんですね」
「う、うん」
真にじっと見つめられて、園子はうろたえる。顔がどんどん赤くなる。
「最初に私が貴女を見たときも、貴女はそうやって応援してました。空手の試合で。毛利さんを」
「う、うーん。私は覚えてないのよねー。声かけてくれたらよかったのに……」
「見も知らない男に声を掛けられても困るだけかと思ったもので……」
「そ、そんなことないわよー。真さん、気にしすぎよー」
どんどん頭に血が上る。これは、これはちょっといい雰囲気!!??と、思いながらも慣れないせいか逃げ出したくなる。
わ、私って……何処までも三枚目なのかしら!!??……思わず心の中で自分を呪う。
「でもホント、あいつらも見ててもどかしいのよねぇ」
「え?」
「あの4人よー。いつまで幼馴染やってるつもりなのかしらね。もう、見ててイライラしちゃう!!真さんもそう思うでしょ?」
「そ、そうですね」
「そうだ、真さん、スキーはできるの?」
「スキーなら。子供の頃に何度か」
「今度はスキーに行きましょうよ。和葉ちゃん、スキーはできるみたいだし。北海道とカナダ、どっちがいい?」
「どちらでも……」
「部屋割り、新一君と蘭、服部君と和葉ちゃんにしちゃうの。どうかしら。そうなれば流石のあの4人も何もないってわけには……」
「……そうなると……私と、園子さんが……」
「え??ええええええ!!??えっと、そういう意味じゃないのよ!!深い意味はないの!!やぁねぇ、真さん」
「そうですか」
「そ、そうよう。そ、そろそろお腹空いたわね。皆どこにいるのかしら」
うろたえて立ち上がり、リンクの方へ目をやる。
ちょうど、蘭が手を振って滑ってくるのが見えた。
***
「園子ーーーーーーーーーーー」
「らーーーーーーーーーーーん」
にこやかに滑ってくる蘭に比べて、後ろをついてくる新一は少し憮然としている。もう少し蘭と二人でいたかったというのが本音だろう。
「どうしたの?園子。もう滑らないの?」
「それが、園子さんが足を」
「ええ!!園子、大丈夫!!??」
「だ、大丈夫よ。真さんがすぐに手当てしてくれて……歩く分には問題ないと思うし」
蘭と新一が、園子たちの座るベンチの隣に座る。
「そろそろ、腹減るらねぇか?」
「そうなのよ。そろそろ探しに行こうかと思ってたの。和葉ちゃんたちは、何処かなあ」
「置いてっちまおうぜ?今ごろ二人で仲良く滑ってるだろうし……」
「そういうわけにもいかないわよ。急に私たちがいなくなったら、和葉ちゃん心配すると思うし」
「でもこう広くっちゃどこにいるんだか……蘭、携帯鳴らしてみたら?」
「そうね……ちょっと待って……」
「あの」
真が立ち上がり、伸び上がってリンクの中央を指差す。
「なんか、人が騒いでいるようですが」
「……」
確かに人のざわめきが聞こえる。時折拍手が起きる。
「まさか?和葉ちゃんたち?」
「……リンク中央で服部達の夫婦漫才が始まったとか……」
「ありえるわね。もしくは転んで服部君が和葉ちゃんを押し倒して張り倒されたとか……」
「ありえるありえる。もしくは服部が遠山さんに手を出した男と殴り合いの喧嘩を始めたとか……」
「喧嘩!!??早く止めないと」
「いいのよ、真さん。放っといて」
「しかし……」
「私……見てくる!!」
「おい、蘭!!……ったくまだ奴らだって決まったわけじゃねーのに……ちょっと、俺も行ってくる」
「あ、私も行きます。園子さんはここにいてください」
「ええ!!待ってよう!!私も行くって」
4人が次々にリンクに飛び出していく。
その頃。リンク中央に人だかりが出来ていた。半径10メートルくらいの空間の中央には一組の男女。
「アホ。なんでこんな簡単なことが出来ひんのや」
「アホってなんよ!!体力バカの平次と一緒にせんといて!!一回やるんと二回やるん、めっちゃ違うって!!」
「せやけど、一回はすぐ出来るようになったやん。絶対、できるって。ほれ、もう一回やってみぃ」
「う、うん……」
二人が滑り始めると人だかりからざわめきが起きる。
「なんだよ、この人だかり」
「でもさっき、和葉ちゃんの声が聞こえたような……ちょっと、すみません」
「おい、蘭」
人ごみを掻き分けて蘭が最前列に顔を出す。
「あ、和葉ちゃん」
人の輪の中を滑っているのは案の定、西の高校生探偵とその幼馴染。
「一、二、一、二……」
「せやせや、で、そこで足踏み代えて……一、二、三……いくで」
「う、うん」
ジャッ
エッジが氷を削る音がして二つの人影が宙を舞う。
「ええ!!和葉ちゃん?」
「す、すごいですねえ」
真と園子も顔を出す。
人影が氷に降り立ち、人だかりから歓声と拍手が沸き起こる。
「やった!!平次!!出来た出来た!!」
「ほらみぃ。やれば出来る言うたろ!!これが、えーと……せや、あれや、ダブルルッツ」
「あと一回回ったらトリプルかあ。流石にできそもないわ」
「ま、それが出来たらプロやからな。ま、これくらいで満足しとけ」
「うん……ありがとなー、平次。あ、蘭ちゃんや。蘭ちゃーーーーーーーーん」
無邪気な笑顔で和葉が蘭に手を振る。
「なんや、よう見たら人だかりができてんで。どないしたんやろ」
「え、そりゃだって、和葉ちゃんたちが……」
「せや、蘭ちゃん。アタシ滑れるようになったで」
「う、うん。見てたよ」
「ホンマーーー!?平次がな、色々教えてくれてん」
「服部……お前、何教えてるんだよ」
「何って?」
何の疑問も持ってない風情で平次が指折り数える。
「ええと……リフトと……スパイラル・ステップと……ダブルルッツや。デス・スパイラルは和葉がどうしても怖がってなあ」
「せやけどあれ、むっちゃ怖いで!!平次が手ぇ離したら、終いやん」
「アホ、離さへん言うたろ?もう少し信用しろや」
「そうじゃなくて……なんで一回しかスケートやったことないお前がそんなもん遠山さんに教えてるんだよ」
「いや、この前和葉とTVでフィギュアスケート見ててんけどな、和葉がどうしてもやりたい言うて」
「何でお前が出来るんだよ」
「あんなん、見よう見真似でなんとかなるやん」
「……そうかよ」
そんなものが誰にでも見よう見真似でできてしまったら、人生世話ない。
「大体、あれやで。こんなんちんたら滑っとってもおもろないやん。とりあえず滑れるようになったら、次はなんか技練習するもんなんちゃうんか?」
「他に誰か、やってるやついたかよ」
「そういや見ぃひんなあ。なんでやろ」
首を捻る平次に、諦めたように新一はため息をつく。
「園子ちゃんも、見てくれたん?」
「う、うん。かっこよかったよ!!和葉ちゃん!!」
「ホンマ!!??ありがとー。あ、園子ちゃん、どないしたん?その足……」
「あ、大したことないのよ、ちょっと捻っただけなんだけど……真さんが大袈裟に……」
「何言ってるんですか。園子さん。怪我は、侮ったら取り返しのつかないことになることもあるんですよ」
「ええなー。真さんは優しくて。平次なん、ホンマ口悪いし、めっちゃスパルタやってんで。人のことアホアホって……」
「悪かったなー。ええやん、ちゃんと跳べたやろ?ダブルルッツ。ちっとは感謝せぇ」
「はいはいはいはい。ありがとーございましたー」
平次が一つ大きく伸びをする。
「そんなことより俺、腹減ったわ。なんか食いに行かんかー?」
***
6人の恋が滑り出すのは、まだもう少し先のお話?
3組とも一編に書こうとするのは無理がありました。なんというか、取り留めのないままにこれで終わりです。とほほー。
とりあえず園子&真を書いてみたかったんです。真の性格がまだちょっと掴みきれてなくてホントに天然野郎になっちゃいました。
てゆーか、このカップルはあのバレンタインで一応お互いの気持ちがはっきりしたようにも思えるのですが。
タダ単に、私が未満がいいもんで、勝手に未満にしちゃいました。ううー。ごめんね。園子。ラブラブにしてあげれなくて。
そもそも、
・園子&真書きたい
・コナンじゃなくて新一書きたい
・でも平和は必須
てな条件だったので、かなり舞台設定には無理が出ました。ごめんなさいごめんなさい。
てゆーか、所詮平和か!!>自分
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