夏真っ盛り、お盆最後の日。
昨日、田舎から戻って来た。今日までは、町内会のラジオ体操もお休み。
それでも。朝も早くから起き出して。
服部家では平次が、虫取り網を担いで玄関へ。
遠山家では和葉が、ちょっとおめかしして玄関へ。
さあ。
今日も、寝屋川は平和です。
***
虫取り網を担いで玄関へ向かった服部平次が、一度履いたサンダルを脱ぎ捨ててまた居間へ。
薬箱から何かを取り出してまた玄関へ。
と思うとまた居間へ。
廊下を軽やかに走る足音に、終には母の静華にカミナリを喰らって。
返事だけは元気に謝って。
それでもダッシュで再び玄関へ。
再びサンダルを履いて立ち上がる頃。
ほぼ同時に、呼び鈴。
「はぁい」
「遠山です」
服部家では。最近漸くインタフォンを導入。
古式床しい日本家屋の門構えに、そぐうものがなかったからなのだが。近年デザインも増えたことだしと遂に導入した。
それまで。折り戸から勝手に入って玄関まで来ていた和葉だったが。
どうやらこのインタフォンがお気に入り。
以来、必ずインタフォン経由。
「平次。和葉ちゃん来たで」
「おう!!すぐ行く」
「今日はなんか約束してんの?」
「せや」
「どこ行くん?朝ごはんどうすんの?」
「すぐ戻る!!」
確かに未だ早朝。
「ほな、行ってくるから!!」
「行ってらっしゃい。気ぃつけてなぁ」
駆け出す息子の後姿に。静華はひらひらと手を振る。
今日の遠山家は和葉が一人でお留守番なので。一日預かる約束を大人同士ではしてたのだが。
さて。子供同士いつの間に約束なんかしたんだか。
小さく笑んで。静華は再び台所へ。
***
玄関から門まで全速力。肩の虫取り網が、風を孕んで走り辛い。
重い門を開けると、少し吃驚したように、和葉。
「平次。おはよ」
「おう。早かったやん」
「あ、うん」
「俺が迎えに行くまで寝てるんとちゃうか思てたわ」
「そんなわけないやん。アホ」
「ようできました、て、判子押したろか」
ピンとおでこを弾かれて。反射的に両手で隠して真っ赤になって、反論。
「いらんわ!!そんなん!!
「ま、ええわ。行くで、ホンマはもう遅刻やで」
「え、行くて、どこ?遅刻て?」
「アホ。なにしにきてん、お前」
「なにしに、て」
今日は一日服部家に居なさいと言われて早番の父と家を出て。
お盆の間にお祖母ちゃんに買って貰った大好きなスカートを穿いて。ワクワクしながら駆けてきた。だけなのだが。
「ぼんやりすんな。ボケ」
「ボケって何やのーーーーー!!」
駆け出す幼馴染の後を。麦藁帽子を押さえて走り出した。
***
山道をズンズン進む平次の後を、スカートの裾をちょっと気にしながら和葉が付いていく。
前を行く幼馴染は。止まる気配もなければ振り返りもせずに。
フワフワと揺れる虫取り網から。
なんとなく行き先は察せては居たが、案の定。
大きな公園の遊歩道。ダッシュで入り口に到着。したところで、幼馴染が得意気に取り出したのは虫除けスプレー。
一頻り自分に吹きかけて。徐に和葉の腕を取って吹きかけ始める。
「お、おおきに」
「ったく。普通にTシャツとか着て来いや。こんな肩とか出して、刺してくれ言うてるようなもんやで」
「せやけど」
平次の言うことはご尤もだが。そもそも虫取りに行くなんて聞いていない。
それとも自分が忘れてるだけだろうか?
首を捻りつつ幼馴染のなすがまま。首筋に吹きかけられた虫除けの冷たさに、思わず肩を竦める。
次の瞬間。
「何すんねん!!ドアホ!!」
慌てて幼馴染の手から、スカートの裾を払い落とすと同時にいつの間にか自分の前にしゃがみこんでたその脳天に一発拳骨をお見舞い。
「いって〜〜〜〜〜〜」
不意を突かれた平次は両手で頭を抱えて。
「何すんねん!!ドアホ!!」
「ドアホは平次や!!アホ!!」
「誰がアホじゃ!!」
「アホやなかったらドスケベや!!いきなりスカート捲んなドアホ!!」
「ほな、いきなりやなかったらええんか?」
「ええわけないやん!!」
「うっさいなあ。ええやん別にパンツくらい」
「ええわけない!!それやったら平次のズボンも下げたろか!!」
「ええで〜?別に。俺のんくらい幾らでも見せたるで〜?」
「見せていらん!!ドアホ!!」
「どっちやねん!!ボケェ!!」
平次は虫取り網を握り締め、和葉はスカートの裾を握り締め。
今にも飛び掛らんばかりの勢いで睨めっこ。
二人同時に。更に口を開いた瞬間。
一陣の風が和葉の麦藁帽子を吹き飛ばす。
「あ!」
「あ!」
開いた口から同時に声を上げて。
先に反応したのは、平次。
素早く身を翻して、虫取り網を放り出して麦藁帽子の後を追う。
弱まる風に。緩やかな弧を描いて地に着く寸前に、掬い上げるように片手でキャッチ。
「ほら。神さんが早よ行け、言うてんで」
「神さんて、何よ」
「目的地、こっちやからなあ」
風上を指すと平次は。和葉の麦藁帽子を被ると更にズンズン森の奥へ。
「ちょ、アタシの帽子!!」
「網、ちゃんと拾って来いや〜」
「なんやのもう!!ちょう、待ってぇな!!」
***
背の高い木々の間から、高く高く木漏れ日が落ちてくる。
チラチラと移ろうそれが、なんだか少し、目にくすぐったい。
幼馴染の頭の上で揺れる自分の麦藁帽子のリボンを見ながらぼんやりと着いていくと、不意に平次が振り返った。
「到着!!」
「……ここ?」
「せや。んーーーーと、あ、おったおった」
折角の虫取り網を放り出して。一本の木に駆け寄ると、ぐいっと背伸びをして片手をぐっと上げて。
難なく捕らえたそれを、誇らしげに和葉に差し出す。
「うわぁ」
ちょっと膨れっ面だった和葉の顔が見る見るうちに輝いて。
幼馴染の手から、そおっと両手で黒いそれを受け取る。
カブトムシ。
テレビでやっていた「カブトムシの捕まえ方」に和葉が興味を持って。
捕まえてみたいと言ったから。
親父に聞いたらここの公園で、昔は捕れたと言うので。公園の管理人を口説き落として協力してもらって。
夏休みは毎日町内会のラジオ体操。
ないのはお盆の一時期だけ。
決して義務ではないけども、毎日押してもらう判子が自分だって和葉だって楽しみだから。
だから。
お盆最後の、今日、この日が。唯一のチャンス。
「うわぁ」
もう一度歓声を上げて。漆黒に光るその甲虫を、まだ低い太陽に翳す様に手を伸ばす。
「カブトムシや」
「せや。和葉、見たがってたやろ」
「うん」
カブトムシは好き。クワガタも平気。コガネムシも大丈夫。カミキリムシはまあまあ。
蜘蛛は嫌い。芋虫も毛虫もダメ。団子虫もダメ。
チョウチョは好き。でも蛾は大嫌い。トンボは平気。カマキリもまあ、平気。
カタツムリは平気だけど、ナメクジは嫌い。
「アタシ、カブトムシ好きやねん」
同じ黒い甲虫でも、ゴキブリは大嫌い。
「なんでそんなにカブトムシがええねん」
「そら……」
ワキワキと六本の足を動かすカブトムシを片手に、和葉は指を折って。
「あ、アホ!!そんなん内緒に決まってるやん!!」
「なんでやねん」
「内緒やもん!!内緒!!」
勢い良くポニーテールを振って。拒絶の意思を体全体で表現して。
和葉はもう一度手の中のカブトムシを眺める。
「ホンマ、かっこええなあ……」
キラキラ光るその瞳が。なんだかひどく面白くなくて。
自分の頭から麦藁帽子を取って。
「ほな、これ返したるわ」
和葉の頭に乗っけると、必要以上にツバを引いて和葉の顔まで麦藁帽子を引き下げる。
「きゃ!!」
小さな悲鳴と共に。驚いた幼馴染の手から黒い甲虫が、ブゥンと軽い羽音を立てて飛び立つ。
「なにすんねん!!ドアホ!!」
「ボーっとしてるからや」
「カブトムシ、逃げてもうたやん!!」
「もうええやん。そろそろ帰らな、朝飯食われへんぞ」
「もう!!平次放してぇな!!前見えへんやん!!アホ!!」
真っ赤になって怒る和葉が。威勢良く叫ぶのに漸く安堵して。
「ぼけっとしてたら置いてくで!!」
身を翻して先に。勢い良く山道を駆け下った。
***
カブトムシは。
黒くて強くてカッコいいから。
だから、好き。
角もあるしな。カブトムシ。
てなわけでー。『夏平和』より「捕まえたで!!」の原型と言うか、原型+αというか。やー、妄想膨らみすぎ。
『夏平和』に乗せたものは、改めて書き直したものなので、ネタも少ししか被ってません。
お手持ちの方だけ、こっそり笑ってやってください。
つか、もう、ああいいですよねえ〜〜〜夏休み!!チビ平和!!ラジオ体操!!<萌えなのか?
自分的には、そうですねえ、小学校3,4年くらい?
平次も和葉も。まだまだ無自覚ですから。でもちょっと、マセ始めたお年頃かしら。
もう一緒にお風呂に入らなくなる頃かしら。や、小学校に上がったらもう入らないかな。どうかな。
つか、短くまとめるということが益々出来なくなってる今日この頃。長ったらしくてスミマセン。
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