ほーんま。なぁんもわかってないんやから。
プカプカと浮き輪の上で波に揺られて、和葉はぼんやりと空を見上げる。
青い空青い海白い雲照付ける太陽。
髪に纏わり付く潮風。肌に心地よい適温の海水。
ふと海岸に目をやると、親戚の子供たちと大声で騒ぐ幼馴染の声。
毎年来るこの海岸は。
平次の親戚の家の近くで。広くは無いけど綺麗で遠浅で波が静か。サーファーが居ないので子供向き。
物心付いた頃から夏には一緒に当たり前のように遊びに来ている。
毎年。
去年も、一昨年も。その前もその前もその前も。
やっぱり空は青くて海も青くて雲も白くて太陽は燦燦と輝いて。
幼馴染は黒くって。
はあ、と一つ溜息をつくと。頭上を過ぎる海鳥が、和葉の顔に一瞬影を落とした。
折角の海なのに。
さっきちょっと喧嘩をしてしまった。仏頂面で、それでも浮き輪を膨らましてくれた幼馴染に。素直にお礼も言えなくて。
ほんの一瞬の躊躇のうちに、子供たちと一緒に掛けていってしまった後姿をうっかり見送ってしまった。
せやけど、アタシなんもしてへんやん。
……ホンマ、平次のドアホ。
***
浅瀬で。足元に纏わりつく子供たちとビーチバレー。
……なんで俺が子守なんせなあかんねん。
ホントは幼馴染に押し付けるつもりだった。百歩譲っても幼馴染も巻き込むつもりが。
自分から喧嘩を仕掛けた以上、今更頭も下げられない。
ポーンと一つ風に煽られた薄いピンクのビーチボール。追いかけようとする子供を慌てて浜辺に抱かかえて連れ戻す。
「アホ。お前は沖に行ったらあかん言うたろ」
「せやかて、ボール」
「俺が取りに行くから。待ってろ、ボケ」
「平次にいちゃん、ボール流されてんでぇ」
「うっさい。あんなもんすぐじゃ」
押し返す水圧を掻き分けて、水が腰を過ぎる頃に波に飛び込む。顔を上げたままゆっくりクロール。
自分が起こす波に更に押されてふわふわ逃げるビーチボールも、程なくその手中に収めた。
「わーい。平次にいちゃんカッコいいーー」
「カッコいいーーー」
「おう!!」
子供たちの素直な声援に、片手でガッツポーズしつつ、ちらりと沖を見やるが。
空を眺めたままの幼馴染に、小さく溜息。
「平次にいちゃーーーーーん」
「お、おう」
慌てて海岸へ向かう。
ったく。なにしてんねん。あいつ。沖に流されても知らへんからな。
面白くない、のだ。
色んなことが。
……ホンマ、なんもわかってへんのやから。あいつ。
***
去年まで、スクール水着だった。お互い。
今年。静華が平次の水着を買ってきた。もしかしたら、その時に気付くべきだったかもしれない。
「平次、平次、ほら、見てぇな」
「ああ?」
朝からご機嫌の和葉が。浜辺で嬉しそうに短パンとパーカーを脱いで。
目に飛び込んだのは、ピンクの、水着。
「な、なんやねん、それ」
「何って、水着。おばちゃんが、一緒に選んでくれたんよ」
「ガッコの、どないしてん」
「せやかてアレ、名前も入ってるしあんましようないんとちゃう?て、おばちゃんが」
その理屈は、なんとなく分かる、が。
「なんで、ピンクやねん」
「ええやん。可愛いやろ?」
「なんでビキニやねん。百年早いわ」
「あ、アホ!!ビキニとちゃうわ!!これは、タンキニっていうんよ」
「せやかてヘソ見えてんで」
「関係ないやん!!ビキニっていうんはなあ」
「どうでもええわ、そんなもん」
「そんなもんて何よ。可愛いやろ?」
「どっこが可愛いんや。ボケ」
「ボケって何よ。平次、顔赤いで〜。やらし〜」
「やらしいことあるかい!!あ〜あ〜可愛い水着やな〜〜」
「なんやのその言い方!!」
ガサゴソと。籐の鞄から浮き輪を出しつつ。幼馴染はぷいっとポニーテールを振って横を向く。
てっきり渡されるかと思ったそれを、一生懸命膨らまし始めた。
「……なにしてんねん、貸してみ」
「平次の助けなんて要らんもん」
「とろくてうざいんじゃ。貸せ、ドアホ」
「誰がドアホやねん!!ボケ」
幼い親戚の子供たちの視線に。ちょっと居心地悪くなって。
和葉の手から浮き輪を奪い取って膨らませて。
その目も見ずに突き返した。
***
ほんとにわかってない。
どんなにドキドキながら、この水着を選んだかなんて。
***
ほんとにわかってない。
それが、どんなに二人の距離を隔てていくかなんて。
***
青い空青い海白い雲照付ける太陽。
寧ろ今はそれが恨めしくて。顔に不機嫌ですと書いてあることも気づかず波を掻き分け波打ち際へ。
と、心配そうに自分と交互に沖を見やる子供たちに気づいた。
「どないしてん」
「なー、平次にいちゃん。和葉おねえちゃん、大丈夫かな」
「和葉が、どないしてん」
「さっきから動かへんよ?」
「寝てるんかなー」
「なー、流されてへん?」
「あっ、のドアホ」
一人にビーチボールを渡しつつ、逡巡してると母の声。
「平次ー。ご飯にすんで?お弁当、持ってきたったよ」
「丁度ええわ、おかん。こいつら頼むわ」
「なんよ。どないしたん?」
問いには答えず、沖に急いだ。
***
うつらうつらしてきた意識を慌てて引き戻す。
と、同時に、お腹がなった。
……お腹……空いたなぁ……。
すっかり太陽が高い。朝御飯が早かったのだから、お腹が空くのも通りと言えば、通り。
ふと波打ち際を見遣る。
あ、おばちゃん。お昼持って来てくれたんや。
少し身を起こして目を凝らしても。子供たちの数は揃っているのに、幼馴染の姿が見当たらない。
……トイレ、かな。
自分も戻ろう。その為には、とりあえず乗ってる浮き輪からの脱出を試みねば。
両手で浮き輪を圧そうとした瞬間。
「う、わ」
予想外に傾いだ浮き輪に、バランスを崩してまた浮き輪の中に逆戻り。
「平次!!」
「なにしてねん、お前。流されてんで」
「え、嘘」
「嘘とちゃうわ。見てみぃ。沖のブイがあんなに近なってんで」
「ホンマや」
「こんなとこで寝てるからや」
「ね、寝てへんもん!!アホ!!」
「誰がアホじゃ!!ボケ!!」
「アホは平次や!!放して!!アタシ海岸戻るんやから!!」
瞬間。
和葉のお腹が、再び空腹を告げる。
「なんや、和葉。腹減ったんか」
「う、ん」
「おかんが来てるで。さっさと岸に戻れや」
「も、戻るもん。言われなくても戻りますぅ」
「ふうん」
一瞬、幼馴染の目が意地悪く光って。
ヤバイ、と思った瞬間、その鍛え上げられた褐色の腕で浮き輪をがっしりと掴まれた。
「平次!!」
「ほな、折角ここまで来たんやから、ブイにご挨拶してこかー」
「アホ!!放して!!アタシ御飯食べに戻るん!!」
「ええやんええやん。気にすんな。一名様、沖までご案内〜」
「気にするわ!!放して!!ひっくり返るやん!!」
「じっとしとけばええねんて!!」
「いーやーやー!!もう浮き輪から降りんの!!」
「ひっくり返ると水飲むでぇ。鼻から水入ると痛いで〜〜」
「平次のドアホ〜〜〜〜!!」
***
青い空青い海白い雲照付ける太陽。
夏の海は、いとおかし。
というわけで。私的イメージは中学校一年生です真夏の平和〜。
お持ちの方はお気付きかもしれませんが、夏に発行させて頂いた『夏平和』の一枚に付けさせて頂いた文章の
元といいますか、なんと言いますか。
頂いたイラストから膨らみ捲くった妄想を、『夏平和』では行数の関係で削らなければなからなかったので、
削らずに好き勝手書かせて頂いたのが、これです。エヘへ。
『夏平和』をご覧になってない方も普通に楽しめると思うのですが……どうでしょうか。大丈夫でしょうか。
まあ、あれです。こんなことを日常茶飯事的に繰り返した結果、ゼブラビキニくらいでは動じない男子高校生に成長するわけです……。
ちなみに和葉は、浮き輪にお尻を入れてぷかぷか浮いてます〜〜〜vv
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