自分の油断を、認めざるを得なかった。
まさか。人の出入りの少なくないこの米花ホテルから人一人掠め取っていくなどという大胆極まりない行動に出るとは。
和葉は、小柄とはいえ子供ではない。一体どうやって連れ出したのか。
凶器で脅して?怯えた和葉の顔が脳裏に浮かび、知らずに両手の拳を強く握り締める。
もしくは。言葉巧みに連れ出した?俺に何かあったと言えば、動揺した和葉は見知らぬ誰かについて行きかねない。
それとも……。
暗号は、いとも簡単に解けた。
起動されたパソコンの地図を一見する。犯人が用意したシステムを使わずとも、与えられたヒントだけで和葉の居場所は明白だった。
時計を見ると22時前。パソコンと手紙だけを持ってフロントに下りる。一刻の猶予も無い。
とりあえず、工藤だ。奴に。
エレベータの中から携帯で毛利探偵事務所の電話を鳴らす。
「はい。毛利探偵事務所です」
「あ、ねえちゃんか。俺や」
「服部君?」
「工藤……ちゃうわ、あのボウズ、おるか?」
「コナン君のこと?まだ帰ってきてないけど……一緒じゃなかったの?」
「さっきまで一緒やってんけどな。ほな、帰ってきたら」
「なあに?服部君、よく聞こえない……」
「すぐ、米花ホテル来てくれ、言うといてくれ。ほなな」
「あ、服部君!!」
エレベータが一階につくと同時に携帯の電源を切る。瞬間、幼馴染の声が脳裏に浮かぶ。
「あんな。電話かけた方が一方的に切るなん、失礼やで」
和葉……。
自分の些細な行動の一つ一つがその幼馴染に結びついてしまう。自分の動揺を思い知らされる。
一度ポケットに入れた携帯電話を取り出し、メモボタンを押す。
「…………」
***
フロントで、パソコンと手紙を「江戸川コナン」宛に預ける。
「眼鏡かけたちっこいボウズや。絶対来るはずやから。あとな、俺の連れ、見ぃへんかったか?」
「ええと、ポニーテールのお嬢さんですね。私はずっとここにおりましたが、出かけてはいらっしゃらないと思いますが」
脅したにしろ騙したにしろ裏から和葉を連れ出すのは難しいだろう。かえって不審だ。やはり意識を奪われて連れ去られた可能性が高い。
握った拳に、血がにじむかと思った。
「なんや、大きい荷物持って出た奴とか、おらんかったか?」
「いいえ、別に。気になったお客様はおりませんでしたが……」
「裏とかから、やと、色々業者がでかい荷物持って出入りするんやろな」
「そうですね……洗濯業者、食品の業者、あと、ブライダル関係の業者も出入りしますし……大きな荷物は当たり前のように……」
「すまんけどな、この2,3時間の間に出入りした業者、洗っといてくれや」
「はあ」
「それと、これな。俺の連れ、戻ったら渡してくれ」
「ええと。遠山和葉様ですね」
「せや。必ずやぞ」
携帯を預ける。武器も発信機も、としか言っていなかったが、携帯だってヤバイだろう。
時計を見ると22時10分。タクシーを捕まえても、どうせ埠頭の手前で降りて走ることになる。なら、ここから走っても大した距離ではない。
和葉……。
一体何時頃、犯人に拉致されたのだろう。自分が怪しい人物を追って戻ってくるまで2,3時間。少なくとも、自分が追っていた奴は「ネメシス」ではないということだ。
だが23時を指定してきたのは何故だ?俺の行動を見ていた?それとも偶然?
俺が戻るのがもっと早ければ。警察に連絡しないまでも工藤となんらかの手が打てたかもしれない。
今、ギリギリになってしまったからこそ、何も出来ないが。
戻るのが遅ければ、どうするつもりだったのだ?奴の狙いは俺だ。時間を延長するだけか。まさか、和葉まで手にかけるなんてことは……。
それとも……これは複数犯?俺が追った奴はおとりだったのか?
分からない。全てが偶然の重なりからの産物のようにも思え、周到に計算された結果のようにも思え。犯人像を曖昧にする。
「あ、しもたわ」
全速力で走っていたが、足を止める。さすがに少し息が上がっている。
現在の所容疑者となる米花市在住の4人。その名前を工藤に伝えるのを忘れていた。府警本部に問い合わせてくれれば分かることだが。
少しの間考え込み、近くのコンビニに飛び込む。時間が無い。
強引にメモ帳とペンを借り、4人の名前を書き込む。かといって、工藤がこのコンビニに寄るとは思えない。誰に託すべきか。
コンビニの時計は22時30分を回っていた。時間が無い。
ふ、と思いついて。
首から下げていたお守りに、畳んだメモを入れた。
いつも身に付けているものだから気付くのが遅れたが、このお守りさえも発信機かと疑われれば取られてしまうに違いない。本来なら置いてくるべきものだった。
ここまでぶら下げてきたことに感謝した。
自分の代わりに自由になるはずの和葉に託せば。恐らく、工藤はこの中身に気付くだろう。
再び走り出す。23時と言わず、一刻も早く辿り着いて。
……和葉を、救い出さなければ。
西の名探偵と誉めそやされて、自分は強いと自分に言い聞かせて。それでも本当は分かっている。自分は、こんなにも弱い。
幼馴染を人質に捕られただけで、こんなにも冷静さを欠いてしまう。そう。自分は今冷静ではない。
もっと落ち着いて対策を講じれば。落ち着いて、これが単独犯なのか複数犯なのか。犯人の真の意図は何なのか。ちゃんと見極めればもっと有効な手立てがあるはずだ。
あるはずだと思いながらも。冷静になれない自分がいる。自分はまだ、こんなにも未熟だ。
後のことなどどうでもいい。ただ和葉を、捕らえられている和葉を一刻も早く救い出したい。その気持ちだけが先走る。
何の対策も講じずに走っている自分の無鉄砲さは分かっている。容疑者4人が一般市民であることはわかっているが、このご時世だ。銃を手に入れる事だってできないこともないだう。
対峙して、自分が無事でいられる保証。そんなものはない。ただ、無事で生きて帰るという決意だけがある。
そのためには、みっともなくてもいい。犯人に命乞いをしたっていい。助かるために工藤の手を借りたっていい。
事実、今、自分の命は後から来るはずの工藤にかかっていることになる。巻き込まれる工藤には申し訳ないが、恨むなら米花市に自分を呼び出した犯人を恨んでもらおう。
人質が和葉では工藤も何も出来ないだろうが、人質が俺なら動きやすいはずだ。無責任な話かもしれないが、工藤に頼む以外ない。
後で散々嫌味を言われるかもしれないが。それでも。これが、冷静さを欠いた今の自分に出来る唯一最良の策なのだ。情けないことだが。
この際情けなくてもいい。生きて帰れれば。和葉を残して、死ぬつもりは毛頭ない。
まずは和葉を助けて。全てはそれからだ。何しろ自分が駆けつけたところで、犯人があの手紙どおり和葉を解放する保証すらないのだ。まずは、そこから。
必ず、助ける。
海岸通へ抜けて、左折する。埠頭の先に何台か車が停まっているのが見えた。あの中に、犯人の車が?
首から下げていたお守りを外し、一度握り締めてから、ズボンのポケットに捻じ込む。
埠頭に近づくと、覆面をした明らかに不審な人影が見えた。人通りの無い所とは言え、通報されかねない出で立ちだ。大胆なのか、アホなのか。
その腕の中に、和葉が力なく身を委ねているのが見え、初めて犯人に殺意を覚えた。
***
「和葉!!大丈夫か!!」
とりあえず犯人を無視して和葉に向かって叫んだ。意識が朦朧としているのか、ぼんやりとこちらに視線を向ける。
「いい度胸だ。名探偵。そんなにこのオンナが大事というわけか。冷酷非道な名探偵も、自分のオンナのためには命も投げ出すとはねえ。麗しいじゃないか」
「黙らんかい。そんなことお前に関係ないわ。さっさと和葉を解放してもらおか」
軽く両手を上げて降参のポーズをとって一歩犯人に近づく。覆面の下には変声機を仕込んでいるらしい。不気味に、無機質な声が響く。
犯人が右手に抱えていた和葉を離す。崩れ落ちるように、和葉が力なく倒れこんだ。
「和葉に、何した!!」
「まだ少し薬が効いているだけだよ。すぐに切れるさ」
「和葉!!しっかりせんか!!和葉!!」
駆け寄りたい衝動をこらえて叫ぶ。犯人を興奮させないためにも迂闊な行動には出れない。
倒れこんだ和葉がゆっくりと頭をもたげた。頭をニ三度軽く振るのにしたがって、オレンジのリボンとポニーテールが揺れる。
両手を後手に縛られているらしかったが、それでも器用に上半身を起こした。
目が合った瞬間。信じられない、という表情が和葉の面に浮かぶ。
「和葉!!大丈夫か!!」
「な…、何で来たん。平次」
「すまんな。こんなことに、まきこんでしもて…」
リボンとポニーテールが激しく揺れる。遠目にも和葉が泣いているのがわかった。
泣いているだろうと、泣くだろうと思った。どんなに強がっていても、和葉は本当に強くはない。こんな、ことに耐えられるほどには。
帰ったら、生きて帰って、そしたら何百回でも何千回でも謝ろう。狙われているのは自分だけだと思っていた自分の読みの甘さを。和葉を守りきれなかった自分を。
和葉が、心から笑ってくれるまで。
「約束通り俺一人や。武器や発信機ももってへん。和葉を解放してもらおうか」
用心深く、一歩二歩と犯人と和葉に近づく。人の気配は他にない。単独犯、なのか。それとも。
犯人が和葉から離れて、俺の両手首を後手に縛り上げる。一瞬チャンスかとも思ったが、迂闊な行動は避けた。
一撃で相手を倒す自信がなかったわけではないが。易々と和葉から離れるその行動が不審だった。単独犯だとしたらあまりにも迂闊だ。やはり、どこかに仲間がいるのだろうか。
つい憎まれ口を叩いた次の瞬間、腹に鈍い痛みを感じた。
***
「和葉」
携帯のメモ一件分の長さなど、タカが知れている。手短に。
「一人で、危険な目に合わせてすまんかった。俺は大丈夫や。……絶対に、死なへんから。せやから、泣かんと、待っとけ」
大事な、本当に大事な一言は入れなかった。
最後かもしれない。その不安がないわけではなかったが。
こんな、無機質な機械を通して伝えるのは嫌だった。
何より、入れてしまったら本当に最後になってしまう気がした。
まだ、だめだ。
伝えたい言葉を、伝えるために。俺は、帰ってくるから。生きて、無事に、帰ってくるから。
だから。できれば泣かずに、待っていて欲しかった。そして。
贅沢なのはわかっている。それでも、願わくば。帰ったら。和葉の笑顔が見たかった。
誰これーーー!!誰これーーーーー!!うわー。ごめんなさい!!
なんか、和葉のことが好きで好きでたまらない、ちゃんとそれを自覚してる平次って……うわー。
つか、そういうの別に嫌いじゃないんですけど、自分が描くと描写が中途半端になるのか別人!!<酷!!
あー、あれです。もう、このゲームの中ではまあこんな感じってことで許してください。きゃーーー!!
つか。それくらいでないと和葉が可哀想で。可哀想で可哀想で可哀想で(T_T)
私的に和葉が単なる姫シチュは嫌なんですけど、このゲームの中ではホント、ただのお姫様です。いやー!!
和葉姫は!!強がりで怖がりで泣き虫だけど、でも抑えるところは抑えてるっていうか!!護身術(合気道)もばっちりだし!!
遠山刑事部長の娘だけあって目の付け所がよかったり!!とか、なんかそういうの希望。ただ守られてるだけの存在は嫌なんだーー!!
ので、悔しいので平次に頑張って王子様してもらいました。いや待て。後を工藤に託す王子様ってどうよ。
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