お守りなんて効くわけがない。そう言う人も多いけど。
***
幼い頃の他愛もない思い出。その欠片を貰った時にお守りに入れようと思ったのは、ふと曾おばあちゃんのことを思い出したから。
アタシがお守りを大事にしてるのは、多分、曾おばあちゃんの影響。もうずっと、アタシが小さい頃に死んでしまったけど。
あれはまだアタシが小学校に上がる前。曾おばあちゃんが幾つだったのか、実はアタシは良く知らない。
なんだかとてもゆったりとした印象の小さなおばあちゃんで、小さな田舎の大きな屋敷の一室で、いつも縁側にはんなりと座っていた。
「和葉、よう来たなぁ」
中庭を抜けて曾おばあちゃんの部屋へ行くと、ポカポカと日の当たる縁側に座って膝の猫を撫でながらいつも優しく微笑みかけてくれた。
何度か、平次も一緒に遊びに行ったことがある。
「平ちゃんは、大物になるわなぁ」
「オオモノ?」
「そうや?良くも悪くもなあ。大器やでぇ、あの子は」
「タイキ?」
曾おばあちゃんの言うことはよくわからなかったけど。今なら少し分かる。
確かに、大物かもしれない。良くも悪くも。あの無神経さとか鈍感さとか。でもまあ、度胸があったり頼もしかったりもするんやけど。
それに大器かもしれない。問題は、その器の中にどれほどのものが入ってるかってことなんだけど。
「和葉は平ちゃんが好きかえ?」
「うん!!」
「俺も和葉んこと、好きやで」
「ほうか、ほうか。そんなら、ええねぇ」
……まだ子供やったしね。アタシも平次も。あの頃は平次も随分可愛らしいお子様やったし。
今は……憎まれ口しか叩かへん口の悪いオトナに育ってもうたけど。デリカシィも足りへんし。
曾おばあちゃんは色んな話をしてくれたけど、一番覚えているのがお守りの話。
いつも小さなお守りを大事に大事に肌身はなさず持っていた。今でも覚えている。多分、元は赤かったのだと思うが、もう随分薄汚れてぼろぼろになったお守り。
「このお守りはなあ、和葉」
曾おばあちゃんは懐かしそうに目を細めて。そうしていつも少しだけ笑って。
「私の命をずーっと守ってきてくれた、大事な大事なお守りなんよ」
「うん」
「おばあちゃんの若い頃はね。戦争があったやろ。あっちこっちも焼けてなぁ。おじいさんも兵隊に取られてもうて」
「曾おじいちゃん、戦争行ったん?」
「そうや。せやけどなあ、私もおじいさんもちゃぁんと生き伸びたんや。このお守りのお陰やなあ」
「なんで?」
「ほ、ほ」
曾おばあちゃんは小首を傾げて穏やかに笑う。幸せそうな、ホントに幸せそうなその笑顔は今でも忘れられない。
「このお守りは特別やから。このお守りやから、おばあちゃんの命守ってくれたんや」
「なんで特別なん?」
庭でトンボを追いかけて走り回っていた平次が縁側のアタシ達を振り返った。
アタシも目顔で、曾おばあちゃんに同じ疑問を投げかける。
「このお守りはなあ、和葉。戦争に行く前におじいさんが、私らぁの無事を祈って私にくれたお守りなんや」
「曾おじいちゃんにもろたん?」
「せや。もう……空襲も激しゅうなっとったからなあ。ずーっとずーっと昔の話やけどなあ。和葉が生まれる、ずーっとずーっとな」
「うん……」
「せやからおじいさんはうちにこのお守りをくれたんや。たくさんたくさん祈ってなあ。ほんで、うちもおじいさんにお守りを渡しとったんや。たくさんたくさんお祈りして。おじいさんを守ってくれるように、てな」
「そんで、なんでそれが特別なんや?」
トンボに完全に逃げられた平次が縁側に飛び乗ると和葉の隣に座った。
「そんなお守りやったら、神社で幾らでも売ってるやん」
和葉も黙って頷く。幼い目にも、そのお守りは古いことを除けばそれほど特別には映らなかった。
「そら、元は普通のお守りやから。せやけどな、おじいさんがたくさんたくさん祈ってくれたから、特別なんよ」
「お祈り……?」
「せや。おじいさんの気持や。うちらが無事でおられるよう、たくさんたくさん祈ってくれたおじいさんの気持が篭っとるんや」
「気持……」
平次も身を乗り出すようにして曾おばあちゃんの顔を覗き込んで。
「せや。この世で一番強いんは人の気持や。和葉も、平ちゃんも、よう覚えとくんやで?」
「一番強いんが、気持なんか?」
目に見えないそれは。幼いアタシ達にはいまいちピンと来なかったけど。
「せや。お守りなん信じへん人も多いけどなあ。信じる力は強いんや。誰かがお守りを信じて、たくさん祈ってくれたらもっともっと強くなる」
「……」
「せやから、このお守りはホンマにホンマに強いんや。特別なんや」
「うーん」
平次は首を捻る。
「俺、いまいちわからへんけど。そういうん」
「アタシも……」
「せやけど、なんかちょっとだけわかった。かもしれへん」
「……アタシも……」
「ほ、ほ」
曾おばあちゃんはまた笑って。
小さなしわくちゃの手でアタシの頭を撫でて、それから手を伸ばして平次の頭もくしゃくしゃっと撫でた。
「ええ子やなぁ、二人とも」
曾おばあちゃんの細い目が、もっともっと細くなって。その膝から飛び降りた猫が、うーんと一つ伸びをした。
「うちやおじいさんが戦争で無事やったんもみぃんなこのお守りのお陰や。うちは、それを信じとる。このお守りは特別や」
「うん」
「よう言うやろ。信じるものは救われる、て」
平次は小さく眉を顰めた。
「それ、教会ちゃうん?お守りは神社やで?」
「ほ、ほ、ほ」
庭石に座った猫が、毛繕いをした後、大きな欠伸をした。
「せやから言うたやろ?大事なんは、人の気持や。平ちゃん、あんま細かいことに拘ったらあかんでぇ?」
「うーん」
腑に落ちない風情の幼い平次に。曾おばあちゃんはまた楽しそうに笑った。
***
「アホ、せやらそんなんちゃうって言うてるやろ!!」
警察病院の個室の一つに、平次は強制収容されている。当然だ。大事には至らなかったとはいえ、腹に弾丸を食らったのだから、当面入院決定。
「……」
「別にお守りがあったかて、弾が中るときは中るんや。怪我したんはお守り持ってへんかったんとは関係ないやろ?」
「……」
「それに、あのお守りがあったから、あのボウズ助かってんで?包丁で刺されたんやろ?俺が持っとったら、ボウズが怪我したかもしれへんで?」
「平次が持っとったら、お守りが弾を弾いたかもしれへんよ?」
「アホ。鋼鉄でできてるわけちゃうねんから、んなわけあるかい。大体、中に入ってるん、御札だけやん」
「……そやね」
平次の眉間に皺が寄るのに気付いて慌てて視線を逸らしたが遅かった。人一倍頭が回る平次が気付かないわけがない。
「……せやけど、なんでボウズは助かったんや?御札くらいで包丁防げるか?そら無理やろ」
御札と言っても小さな木片に過ぎない。ホントに包丁が刺さったら砕け散ること間違いなし。
「せやから!!そんでも防げるんや!!このお守りは!!」
「アホか。そんな都合のいい話、あるか?神のご加護なん、アホらしいわ」
と、平次は言い放つ。だけどアタシは知っている。この幼馴染は変なところで真面目で、変なところで信心深い。
例えば。運が悪い時に「あー、今日や仏滅やしいなあ」とか呟くし。なんだかんだ言って基本的にはお守り大事にしてくれてるし。
霊柩車が通ると親指隠すし。雨降って欲しくない時にアタシが作るテルテル坊主に手ぇ合わせたりするし。
験担ぎとか。今風に言えばジンクスかもしれないけど。なんかとにかく、そういう細かい所がある。
……年寄り臭いとも言うかも知れない。
「そんなん言うたら、バチあたるよ、平次。いっつも平次の命守てくれてる大事なお守りやん」
「せやけどなあ。なんや、嘘臭いなあ。和葉、なんぞそのお守りに仕掛けてるんちゃうか?」
アタシは慌てて平次から眼を逸らせた。
平次のお守りに、あの鎖の欠片が入っているのは平次本人には内緒にしている。
アタシが欠片を持ってると言う度に捨てろ捨てろと平次は言う。平次のお守りにも入ってると伝えた日にはホントに欠片を捨てかねない。
……そんなに嫌なんやろか。あの思い出。
その割には割と平気な顔で、他の思い出同様普通に語っているからわからない。
「せや。実はこのお守り、鋼鉄でコーティングされとんのや。アタシがいつもこうやって縫いこんであげてんのやで」
「ホンマか!!??」
「……ホンマや」
「嘘こけ。そのお守り、やわやわやん」
「……」
「せやけど、それやとホンマわからんでぇ?なあ、俺も工藤が無事なんは嬉しいけどな。なんで助かったんかがさっぱり……」
「工藤?」
「あ、ちゃうちゃう。あのボウズや」
平次が慌てて訂正する。ホンマ、いつも工藤工藤言うてるから、口が勝手に工藤って動くようになってるんとちゃうんやろか。
「はい。新しいお守り」
「お、サンキュー。嬉しいなあ、さらっぴんやで」
「……これで、何回目やと思ってんの?」
「……三回目やったかなあ」
「四回目や。ちょっとは、大事にしてや」
「せやけど今回はボウズが刺されて穴開いたんやで?俺のせいとちゃうやん」
「あんたが貸すからやん」
「俺が持っとったら血塗れやったかも知れへんで。どっちにしろおしゃかやん」
平次はよくお守りを破いたり汚したりするものだから。これで袋は四回目のリニューアルになる。
今回は包丁が刺さった小さい穴だったけど。でもそこから解れて穴が大きくなって……鎖の欠片が落ちたりしたら困るし。リニューアルしてみた。
「ったく、わざわざ神社からお祓いした袋だけもろて来て中身入れ替えてるアタシの身にもなってや」
「お前もマメやなあ。別に袋なん、なんでもええやん」
「そう言うわけにも、いかんやろ?ご利益なかったら意味ないやん」
「アホ。こういうんはなあ、お祓いとかご利益とか、そんなもんはなんでもええんや。気持ちの問題やで、気持ちの」
ほら。アタシよりよっぽどこのお守りを信じてるようなことを言う。
「お守りやったら、なんでもええ、いうわけやないんや。あのお守りはなあ、特別やったんや」
不意に。幼いあの日の曾おばあちゃんの笑顔が浮かんできて。
「平次、そのお守りちょっと待って。貸して」
「ん?なんや?」
首に掛けようとしていたのを不審そうにアタシの差し出した手に乗せる。
「……なにしとんのや」
「お祈り」
「なんや、急に」
「気持ちの問題やねんやろ?アタシの気持ちも篭めたってんのや」
「……」
「平次、なんだかんだで無鉄砲やし?頼りになるようでドン臭かったりするし?病気しないくせに怪我多いし?」
「うっさいわ。だれがドン臭いて?」
「坂田さんに撃たれてるやん。ま、平次が思いっきり好き勝手行動しても大事に至らんよう、お守りに守ってもらわな。なあ?」
「アホか」
平次が苦笑してるのはわかったけど。アホみたいに丁寧にお守りを拝み倒してみる。
「あれやなあ、お前の曾ばあちゃんも、ようお守り大事にしとったなあ」
「平次!!覚えてるん?おばあちゃんのこと」
「俺も小さかったからそんなちゃんとは覚えてへんけどな」
「ふうん」
「お祈り終わったんやったら、貰うで。これ」
アタシの手からお守りを引き抜いて、自分の首から下げる。浴衣の胸元に入れて大事そうに、二回ほど上から軽く叩いて。
「和葉、しつっこいからなあ。お前の念は強力そうやなあ」
「なんよ!!しつこいって!!」
「ま、これで俺も安泰ってことや」
***
お守りなんて効くわけがない。そう言う人も多いけど。
アタシと、アタシの幼馴染は。結構お守りの効き目を信じてる。
でも、あれですよね。お守り持ってる割に危険な目によく合いますよね。この二人(笑)
お守り持ってなかったら、とっくに死んでるんじゃないでしょうか。特に平次。お守りが効いてないって選択肢は私的にNG。
浪速ネタに絡めてみました。お守りも浪速ネタもまだまだ萌えシチュがあるので、まだまだ書きますよー。きっと。
特に浪速ネタは一番の萌えネタがまだ残ってるんで。
なんで曾おばあちゃんかというとおばあちゃんは原作に出てくる可能性が無きにしもだけど、曾おばあちゃんなら大丈夫かな、と。
ちうか、和葉が子供の頃幾つで戦争の時に幾つでとか細かいことは気にしないでいただけるとありがたく〜。
曾おばあちゃんでも、呼ぶ時は「おばあちゃん」ですよねえ。違うかな?
穴があいたお守りはリニューアルされたと思うんですけど。違うかなあ。
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