物心ついた頃から、うちのおとんは既に「凄い人」やった。
大阪府警の敏腕刑事。仕事はもの凄く忙しかった。
晩の食卓に平蔵がいることは珍しかった。大抵夜遅く帰ってくるため、平次は先に寝ていることが多かった。
帰ってこない日もあった。しかしそれも服部家においては別段珍しいことでもなかった。
そのくせ帰ってきた日の翌朝は平次が起きる頃には既に起き出して、出勤前に庭で竹刀を振っている平蔵であった。
「起きたか、平次」
細い目を更に細めて息子の頭を乱暴に撫でてやるのも、そんな朝に必ず見られる光景だった。
髪をぐしゃぐしゃと撫でてくれる平蔵の手は大きくて、平次はその手を捕まえようと小さな手を一生懸命伸ばしたものだ。
そんなバカみたいに忙しい日々の中で。
非番の日には遠山とかわるがわる、平次と和葉を連れてあちこちに遊びに連れて行ってくれた。
今考えるとなんやけど、遊園地とか動物園とか、よう連れてってもらったもんや。
淀川の河川敷でキャッチボールやサッカーや、たんぬすまでやったで。今んなると信じられへんわ。
今でも親戚中の語り草になっているほど、平蔵は意外に子煩悩な父であったらしい。
無口な印象は昔からある。決して「明るい」父ではない。だが、その息子を誉める時にはよく笑みがこぼれた。
「平次、ようやった」
叱られる時には鬼のように厳しい父の笑顔は優しくて強くて、平次を酷く安心させた。
大きな背中の父は、常に平次の憧れであり目標でもあった。
事件や推理に首を突っ込むようになったのも、父の背中を追いかけた結果だった。
たまに父がしてくれる事件の話を聞き、犯人当てをよくやった。当たると、あの手が撫でてくれる。
静華が着替えなどをもって府警本部に行くときには必ずついて行った。父の働く背中は好きだった。
そのうち、大滝達にせがんで自分から事件の話を聞き出し、自分の推理を父に聞かせるようになった。
黙って、しかし嬉しそうに聞いている父に、一生懸命話した。話が、したかった。
「平次。犯人、当たっとったで」
大きな手が自分に伸びる。
「お前は、なかなか勘働きがええなぁ」
平次が歳を経るごとに平蔵も昇進し、手がける事件も増え、家に帰らない日も増えた。
自然に平次がその背中を追いかける時間も増えていった。
せやけどなぁ。
その背中は、少ぅし、大きすぎた。
***
「しっかしなあ、ホンマ凄い奴やで。工藤は」
「まぁた、工藤なん?」
隣で幼馴染の和葉が呆れてため息をつく。
「平次、あんた口惜しないん?東京で、その工藤に負けたんやろ?」
「せや。俺の完敗や。ちょっと工藤を出し抜いたろうと焦ったんやなぁ。犯人のフェイクに見事に引っ掛かってもうた」
「はっ。みっともなぁ」
「せやけど、工藤は冷静やったで。最初から現場におらんかったんに、現場におったガキから話聞いただけで犯人もトリックも動機もピタリや」
「さよか」
「まあ、聞けや。確かにあのガキも目ぇの付け所のええガキやったけど。工藤はオペラが流れてたっちうだけで……」
「もう、ええって」
和葉のイライラした声に平次は言葉を切る。学校の帰り道。平次の方に振り向いた和葉の黄色いリボンが風に揺れる。
「さっきから工藤工藤工藤工藤、アホちゃうん?」
「そう言うけどなあ。俺はホンマ感動してんねんで。工藤は、凄い奴や」
「工藤が凄いんは、わかった。せやけど、平次はどうなんよ」
「俺は、まだまだやなあ。うん。あんなフェイクにひっかかっとったらあかんわ」
笑って、ごまかす。
「その工藤に負けて、口惜しないん?」
「そりゃちょっとは口惜しいけどなあ。せやけど、推理で勝負を挑んだ俺が間違っとったわ」
「足元にも及ばんかったしなぁ」
「ちゃうちゃう。工藤が言ったんや。推理に勝ち負けはない、あるのはたった一つの真実だけや……て」
「で、平次はその真実に辿りつけへんかったわけやね」
痛い、所を突く。
「ま、そういうことやな」
「その、工藤はたどり着いたんやろ」
「せや。ホンマ凄い奴やで。工藤は」
「平次、あんたなあ」
和葉が一歩平次に近寄り、間近からその目を見上げる。
「あんた、プライドっちうもん、ないん?なんでそんな、負けてヘラヘラしてられるんよ」
更に、痛い所を突く。
ホンマ、この幼馴染にはかなわんで。
「アタシは、情けないんや。西の名探偵言われてる平次が、その工藤に負けたん、アタシはめっちゃ口惜しいもん」
「お前が口惜しがることあらへんやん」
「アタシは!!」
くるりと和葉が背を向け、勢いよく振られたポニーテールから逃げるため、平次は少しのけぞった。
俯いた和葉は、なかなか次の言葉を発しない。その背に声をかけたものか、悩んだ平次が口を開きかけた時。
「アタシは、平次に、勝って欲しかったんや」
少し涙声になっている。うろたえた平次はかける言葉を失って、代わりの言葉を捜した。
「す、すまんのう。ご期待に添えへんかって」
見つかった二つの言葉のうち一つを飲み込んで、平次は出来るだけ明るい声で応える。
「ま、今回は工藤に借り作ってもうたけど、この借りはいつか返すつもりや」
「いつかって、いつやねん」
「あいつと一緒に事件に首突っ込んどったら、いくらでもその機会は来るやろ」
「いつや。一年先?五年先?十年先?」
「そ、そんなん、わかるかい」
「アホ!!もう知らん!!」
俯いたままの和葉がすたすたと歩き出す。慌てて平次はその後を追った。
「なんや、和葉は俺のこと、応援してくれとったんや」
「知らんわ、アホ!!」
「応援してくれとったんちゃうん?」
「同じ大阪人として、応援しとっただけや。もう、知らんもん」
「なんやー。応援してくれたお礼に、ジュースの一つも奢ったろと思たんに。ちゃうんかー」
「……アタシ、駅前のクレープが食べたいわ」
「へぇへぇ」
***
平次が中学校に上がる頃には、平蔵は殆ど家にいることがなかった。当然親子の会話は減った。
ただ、会話が減っただけで二人の距離は開きはしなかった。
お互い口にすることはなかったが、平蔵の息子への期待は大きくなっていたし、平次の父への尊敬の念も大きくなっていた。
それゆえに。それゆえに起きる、ジレンマ。
父への尊敬の念。その父を超えたいと思う当然の想い。
超えられない現実。大きな壁。大きな、父の背中。
父の期待。その期待に応えたいと思う当然の想い。
まだ応えられない自分という現実。ちっぽけな、自分の手。
いっそ、家にも帰らず事件解決に奔走している父を否定できればそれはそれで楽だったと思う。
しかし。平蔵は父としても一人の男としても、平次にとって憧れざるを得ない存在であった。
父が、どれほどその仕事に誇りを持っているか。
父が、どれほど家族を大切に想い、自分や母を愛してくれているか。
子供の頃から知っている。自分達を守ってくれる大きな手。
「強い男になれや。平次」
父の手は大きかった。
「お前の大事なもんを守れるくらい、強なれ。平次」
大きくなりたいと思った。強くなりたいと思った。……父のように!!
容易く出来ることなんて一つもなかった。勉強も、剣道も、推理も。
それを誇るつもりはさらさらないが、人一倍努力した。もしかしたら、二倍か三倍、十倍くらい努力したかもしれない。
その甲斐あって、平均を遥かに上回る評価を得られた。ただ。
それでも、父を超えるには遠く及ばない。まだ足りない。まだだ。
まっすぐに進んできた道に大きな存在を見つけたら、選択肢は二つだ。
そのまま進むか。その道を諦めるか。
どっちが正しいかなんて知らない。どっちがいいかなんてわからない。どっちが楽かなんて興味がない。
まだたった17年だ。「もうあかん」なんて、まだ自分に引導わたすつもりない。上等やないけ。当たって、俺はまだ砕けてへん。
それにこの17年は俺の今までの人生全部や。人生賭けてきたんや。無駄にするつもりなんて、あらへん。
別の道を選んでそれを極めれば「超えた」と思える瞬間も来るかもしれない。しかし。
今から白旗を振るつもりはない。まだいける。まだいけると信じている。逃げるなんてまっぴらごめんだ。
俺、結構プライド高いんやで、和葉。
***
「何の本?ホームズ?平次、コナン・ドイル好きやったっけ」
なんの先触れもなしに空けられた部屋の入り口から声が降ってくる。平次は本から視線を上げずに応えた。
「お前、人の部屋入る時はノックくらいせぇや。俺が着替えとったらどないするんや」
「べ、別に平次のセミヌードなんて、今更やもん」
「オールヌードかもしれへんで」
「部屋で着替えるんにパンツ脱ぐアホがおるか」
すたすたと入ってきたその細い足に、寝っ転がっている背中を軽く踏まれる。
「重!!お前、太ったんちゃうか?」
「体重、全然かけてへんって」
「かけてへんくてこれってことは相当……」
「アホ!!」
更に強く踏まれる。
「うわ、やめんか」
強引に起き上がると和葉が少しバランスを崩した。
「急に起きんなや!!危ないやん」
「……白かぁ」
「何が!!」
「白にオレンジの花柄と見た。どや」
「アホ!!スケベ!!見んな!!」
真っ赤になった顔が、当たっていることを物語っている。くるくる変わる表情が、子供のようで面白い。
今更ながらに短目のスカートの前を抑えて、そのままストンと平次の横に座る。
「ホームズなんて読んどんの?珍しいやん」
「せや。ガキんころ以来やなあ」
「なんや、今更全巻読み直すん?どしたんよ」
本棚から出されて積み上げられた本の一冊を手にとって、細い指でパラパラめくる。
「あー。これが最後の一冊や。順番、滅茶苦茶で読んでんねん」
「昨日、アタシがここ来た時にはまだ全部本棚に入ってた気がすんねんけど」
「あれから読み始めたんや。実は寝てへんのや。ま、今日は休みやし雨やったし丁度ええなー、思て」
「どしたんよ。急に」
「いやな、工藤がな」
和葉の眉間に皺が寄る。
「また工藤なん?」
「せや。その工藤がホームズ・フリークでな」
「なんや。工藤に負けて、工藤の真似なん?ホンマ、プライドない男やなあ」
「ちゃうちゃう」
平次を踏む前に和葉が座卓に置いたお茶を一口飲む。
「……ちうツアーがあってな。行けば工藤に会えるか思て、申し込んだんやけど。さすがに復習しといた方がええかと思て」
「それ、いつなん」
「次の週末や。金曜の夜から行って来るわ」
「さよか。じゃ、アタシ帰るわ」
来たばかりだというのにホントに立ち上がって帰ろうとする。
「なんや、お前。用があって来たんちゃうんか?」
「もう、用が終わったんや」
「なんや。俺のご機嫌伺いか?そうかそうか、そんなにこの顔が見たかったか」
「ちゃうわ!!」
浮かしかけた腰をもう一度落ち着け、手にしてた鞄から何かを取り出し平次の方へ突き出す。
「映画のタダ券やん。あ、これ俺観たかったんやー」
「前に、平次が観たい言うてたやん?由紀がいらんっていうから二枚もらってきたったんや」
「サンキュー、恩に着るで、和葉。で、いつ行くんや」
「だから!!」
座卓の上のお茶を一気に飲み干して少し乱暴に湯飲みを置く。
「次の週末にどうやろ、思て誘いにきたんやけど、平次は工藤に会いに行くんやろ?」
「そん次の週末やったらあかんのか?」
「あかん。アタシは次の週末行きたいんや」
「別に次の次の週末に予定ないんやったら、ええやん」
「いーやーやっ」
「飯、奢るで」
「知らん。平次は勝手に、工藤に会いに行ってまた負けてきたらええんや」
痛い、ホンマ痛い所、突きおる。
「和葉ぁ。前にも言うたやろ?別に勝負しに行くわけちゃうんや。そもそも今回は単なるツアーで事件ちゃうし」
「せやったら、何しに会いに行くん?推理の必勝法習いに行くん?」
「そんな方法あったら世話ないわ。真実は一つでもな、そこにたどり着く道はひとつちゃうんねんで」
「はあ?そんなん、何が関係あるんよ」
「お前、切磋琢磨、って言葉知ってっか?自分を磨くんには、よりレベルの高い奴と一緒におるんがええんや」
「はあん」
和葉の視線は、まだ冷たい。
「で、平次はその工藤に磨いてもらいに行くわけや」
「……お互い、や」
「どうだか。工藤は、平次のことなんか鼻にもかけてへんかも知れんで?」
それくらい、わかっている。
工藤は自分の勝ちを誇らなかったが、それにしたって「西の名探偵はこんなもんか」と思われてても仕方がない。
しかし。平次にとっては向うの都合はこの際どうでもいい。というより、かまってはいられない。
「同じ探偵や言うても、工藤は俺とタイプがちょっと違うんや。あいつの目ぇの付け所は、ホンマ勉強になる」
「やっぱ、教わりに行くんやん」
「盗みに行くんや。頭下げて教えてもらうんとちゃう」
「同じや。ホンマ、情けないなあ」
もし。このまま工藤の推理を否定して「俺は俺や」と言ってしまえば、それまでだ。
プライドがないわけではない。プライドがあるからこそ、まだ砕けていないと信じられる。
8割の友情に、1割の打算と1割の対抗心を包み込んで、わからないようにして。
自分自身でも忘れてしまうくらい、意識しないように包み込んで。
表面上は、なんでもない顔をして。そういうのは得意だ。
「そう、ポンポン言うなや。せや、日曜に帰ってくるから、夜やったら映画行けんで」
「あんま遅いと、月曜に影響するからいーやーや」
「せやったら、早よ帰ってくるから。なー。和葉ちゃーん」
「きしょいから甘えんな!!もう!!せやけど、晩御飯は平次の奢りやで?」
「おー。任せときぃ」
***
気付いた時には自分の行く先々にはすっかり「本部長の息子」という肩書きが付いて回っていた。
何をしてもどんなに努力しても自分の評価は、父の評価の後ろにくっついて来た。
「本部長の息子」というだけで期待された。
期待に応えれば「さすが本部長の息子」と評価された。
期待は酷く重く感じられ、それに対して評価は酷く軽く感じられた。
「本部長の息子」といわれることを口惜しいと感じないわけではないけれど。
その言葉は、自分がまだ未熟であることを痛感させてくれる。自分を、慢心させることなく現実に引き戻す。
そして一方で、「本部長の息子」という肩書きがどれだけ役に立っているかも、平次は知っている。
ならば、「本部長の息子」という立場を利用すればいい。
期待の重さに耐えかねて逃げ出してしまえば、それまでだ。
口惜しいという感情に流されて父を否定してしまっては、自分はそこで終わってしまうのだ。
父の背中は。まだ大きい。それでもいつか、並んでやる。認めさせてやる。そう思うから。
……父のように大きな手を、大事なものを守れる大きな手を手に入れてやる。そう思うからこそ。
自分の後ろに父の影を見る人たちにいちいち「俺は俺や」と言って回ったりはしない。
ホントはもどかしい。俺は一体、なんやねん、という思いに駆られる。感情に流されて、否定したくなる時がある。
だから。その口惜しさも呑みこんで平気な顔をして、この立場を利用してしまえばいい。
父の影は重いけれども。敢えてそれを背負い、敢えてその立場を利用する。
自ら辛い道を選んでいる自分は、傍から見るとアホかもしれない。それでも。
今から白旗を振るつもりはない。父の影に怯えて逃げ出すなんて、まっぴらごめんだ。
いつか誰もおとんのことを口にしなくなったら、それは俺が強なった証や。
こんな分かりやすいことはない。
俺、結構プライド高いんやで、和葉。
***
「なー」
「んー」
「パスタ、冷めてまうよ?」
「あー」
気付くと自分の皿には山盛りのパスタ。和葉のそれは3分の2くらい。
人より食べるのが早い自分と人より食べるのが遅い和葉のコンビでこの状況は、滅多に見られるものではない。
「お腹空いてへんかったん?」
「いや、空いてる空いてる。昼も、食ぅてへん」
「……美味しくないん?」
「いや、美味いで。ちょっと、考え事しとったんや。さ、食ぅで」
慌ててフォークにパスタを大量に絡めて口へ運ぶ。
「なんや、景気悪い顔して。映画、つまらんかったん?」
「ほもひろはったて」
「口ん中にモノ入れて喋んな。行儀悪い」
「……せやったら話し掛けんなや」
和葉の細い指が起用にフォークを操り、適量のパスタが口に運ばれる。
工藤の話をする時、和葉は平次と目をあわそうとしない。今も手元のパスタを見ながら口を開く。
「そんで?工藤には会えたん?」
「あー。会えたような……会えんかったような……」
和葉がコナンを知らないとは言え、なんと説明したものかさっぱりわからない。
今後自分が工藤に関わっていく以上、いずれ和葉もコナンや毛利親子に会うことになるだろう。
迂闊なことは言えない。
突如おきたツアー主催者の殺人事件を解いて帰ってきたわけだが、それより何よりコナンと眠りの小五郎の秘密の方が衝撃だった。
無論、いつも通りなんでもないような顔してサラリと流してきたわけだが。
悪の組織?薬の副作用?一体何がどうなったら、高校生が小学生になるっちうねん。
しかしあの推理の組み立てはどう考えても工藤だった。
和葉にアホと言われようとなんと言われようと、工藤の過去の事件ファイルを全部ひっくり返してその推理展開を頭に入れた自分だから言える。
それに、探偵としての自分の勘。江戸川コナン=工藤新一は、平次の中の疑問を一気に解決する答えだ。
急に脚光を浴び始めた毛利小五郎の推理展開が工藤に良く似ているのも納得が行く。
となると、ここは自分を信じてコナン……工藤の言い分を容れるしかない。
そもそも秘密を明かした後のコナンの口調は既に小学生のモノではなかった。中身は17歳と考えれば納得行ってしまう。
そう思ってみるとなんとなく17歳にも見えてくるから不思議なもんだ。
ふと自分の手を見る。この手が、小学校一年生のそれになってしまうなんてことは想像できないのだが。
いやいや、世の中には俺の知らんことがぎょうさんあるんや。ここは頭を柔軟にして目の前の現実受け止めよ。
「せやけど、この前も会うた眠りの小五郎とねぇちゃんとボウズには会えたんや」
「……ねぇちゃん?」
「工藤の女や」
「ふうん。でも肝心の工藤がおらんかったってことは、無駄足やったわけや」
「いや、工藤の連絡先、教えてもろた。電話で色々話せたんや。大収穫やったで」
「よかったなあ。相手してもらえて」
「アホ。もう既にツーカーの仲やで、俺ら。大親友や」
「勝手に言っとりぃ。その工藤も可哀想やで、こんなんが親友じゃあ」
「なんやと?」
和葉はそれには応えず硬い表情のままパスタを口に運ぶ。平次も黙ってパスタを食べる。
和葉は相変わらず視線を合わせようとはしない。
あっという間に和葉を抜き差ってパスタを完食した平次は合掌して一人口の中で「ご馳走様でした」と呟いた。
「早!!」
「お前が遅いんじゃ。デザート食ぅんちゃうんか?」
「ちゃんと噛んで食べへんと、お腹壊すで」
母親のようなことを言う。
「アタシも会いたいわ。その、工藤」
「へ?」
「工藤。会ってみたいわ。今度会いに行く時一緒に連れてってぇな」
「そ、そらあかんわ」
コナンの話が本当だとすると、その薬の解毒剤とやらがどうにかなるまで「工藤」には会えそうにない。
「なんで?」
「工藤は忙しいんや」
「平次は、会いに行くんやろ?せやったら、そのついでやん。別に推理の邪魔せぇへんし。会うたらすぐ帰るわ」
「とにかく、あかんもんはあかん」
やっと完食したパスタの皿にフォークを置き、ナプキンで軽く口元を抑えながらこちらをジロリと睨む。
「工藤……なんやったっけ。下の名前」
「工藤新一や」
「新一、か。覚えとくわ」
やけにあっさり引くその瞳が、なにかよからぬことを考えていそうな光を湛えている。
なんや誤解とかしてへんとええねんけどな。こいつ、思い込み激しいし。
不審に思いつつも、平次は軽くてを上げると店員にデザートメニューを用意させる。
メニューを受け取るとざっと一読し、店員を呼ぼうとすると、和葉が慌ててメニューを奪おうとした。
「何してんの!!アタシも食べるんやって」
「安心せぇ。俺は食わへん」
「安心って。せやったらなんで平次がメニュー見るんよ!!見せてぇな!!」
「俺がお前の分、頼んだる」
「勝手に頼むな!!」
「アホ、お前が頼みたいもんくらいわかるわ!!」
「勝手にわかるな!!メニュー見せて!!」
メニューを渡す。デザートメニューはそんなに数がないので迷う余地は少ないはずだ。
「『あつあつアップルパイのバニラアイスクリーム添え』と『ラズベリーティー』」
「え?」
「俺の推理や。どや。あたってるやろ」
「ち、ちゃうわ!!」
「じゃあなんや。言うてみぃ」
メニューと睨めっこする和葉の頬が紅潮してくる。平次の推理が当たっていたのだろう。
しかし、勝気な和葉がそれを素直に認めるとは思えない。
「お前、アップルパイ好きやもんなあ。しかもパスタがあっさりやったから、甘〜いもん、食いたいやろう」
「他にも甘いもんはありますぅ」
「せやかてチョコブラウニーとか、そういう重いもんはもう入らんはずや。
パスタ食べるん遅かったもんなあ。結構、腹張ってるやろ」
「……」
「甘いだけやのうて、ちょっと酸味が欲しいなー。ほらもう、選択肢は一個や」
「ちゃうわ」
「じゃあなんや。言うてみぃ。ワッフルかてもう入らんはずやで」
メニュー越しに、和葉の恨めしげな視線が平次を見上げる。
勝気だが、正直すぎるくらい正直だし、ここで嘘をついて不本意なものを食べる程バカじゃない。
「フルーツティーも好きやもんなあ。普通やったらアップルティーに行きそうやけど、さすがにアップルパイとじゃダブるしなあ」
「別にダブってもええもん。アタシ、りんご好きやし」
その一言が、既にアップルパイを選択したことを認めている。
「せやけど、ラズベリーティー置いてる店は少ないんちゃうか?折角やから飲んどこ、思たはずや。限定品弱いなあ、自分」
「……」
諦めたように深くため息をつくと、メニューを閉じて店員を呼ぶ。
「どや。見直したか?」
「んー」
気のない返事しか返さず、店員にアップルパイとラズベリーティーとコーヒーを頼む。
平次のオーダが聞かないでもわかるのは、推理とかいうレベルのもんではない。単に「いつものこと」だ。
「なんでその推理力で、ぱぱぱっと工藤に勝てへんのよ」
***
工藤に負けたんに、なんでヘラヘラしてるんや。プライドないんか?情けない。
って和葉は言うけどな。
プライド高いからヘラヘラしてるんやで。なんでもない振りしてるんや。
和葉の前で、口惜しいとかむかつくとか次こそ勝ってやるとか言って、自分の負けを認めることが出来るほど、プライド低くないっちうことや。
ま、こういう男の意地っちうもんは、女には分かりずらい事かも知れへんけどな。
そうやって機嫌悪ぅして俺に突っかかってくるけど、そこがまた勝気な和葉らしくて、それはそれで俺も気が晴れるんや。
なんや俺の心の奥を見透かされてるようでちょう痛いんやけど、代弁してもろてるみたいで、却って落ち着けるしな。
ホンマ、ありがたい幼馴染や。
とりあえず見捨てんといてくれるとありがたいんやけどな……。まだ大丈夫やろか。
西の名探偵はこれからも頑張るから、一つ応援宜しく頼むわ。
……なんてことすら口に出しては言えへんねんけどな。つまんない男の意地っちうやつや。
平次は、実はすっごい大変だと思うんですよね。いや、新一もそうかもしれませんが。
偉大な父に偉大(?)なライバル。ものすごいプレッシャーだろなー。と。
あんなににこやかなのは元々能天気なのか能天気な振りしてるんかどっちかかと。
てなわけで、後者ということで書いてみました。
ついでに和葉も補完してみました。和葉ー。和葉ー。こんな感じの日常なんじゃないかと勝手に妄想
平蔵子煩悩説は私の一押し。絶対。
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