「なんや。ほな、またコナンに戻ってしもたんか」
「ああ。残念ながらな」
誰も居ない毛利探偵事務所。受話器に向かって俺は深くため息をついた。コナンの姿で。
おっちゃんは麻雀。蘭は園子と買い物。この隙に、と大阪へ電話する俺。
「で?」
「で、ってなんだよ」
「言うたんか?」
「だから何を!!」
服部の言葉の意味くらいすぐわかるが、正直に答える気にはなれない。畜生!!こいつ、面白がってるな!!
「あのねーちゃんに、ちゃんと自分の気持ち伝えたんか?って聞いとんのや」
「そーゆーお前はどうなんだよ」
「お、俺のことは、どうでもええんや!!」
電話越しに服部のうろたえる様子が伝わってくる。同じ穴の狢って言うんだよ!!そういうのは。
「ま、お前はいつでも言えるから、いーけどな」
「アホ。俺と和葉はそんなんちゃうわ。自分とこと一緒にすなや」
へぇへぇ。まったく素直じゃねーなー。こいつ。
ま……自分だってこんなことがなければ、こんなに積極的には出れなかったかもしれないけどな……。
実際……元の体に戻れたと確信していたあの時、蘭に想いを伝えるのは「いつでもできる」ことかもしれない……。
そんな思いが俺の中にもあった。その油断の結果が、これだ。
「事件に首突っ込んでる間に元に戻ったんだよ。後もう少しだったんだけどなー。くそっ」
「なんや、また事件かい。お前、事件とねーちゃん、どっちが大事なんや」
お前にだけは言われたくないな!!その台詞!!
「服部、お前な。時間はいつでもある、なんて思ってたら足元掬われるぜ」
「……すまん」
服部の声がトーンダウンした。流石に察しがいい。
さっきの俺の台詞と今の俺の台詞、全く矛盾してるんだけど……気付いてないみたいだからいいか。
「蘭を置いて事件に駆けつけて、解決したらまたコナン。あの時の蘭の顔は一生忘れらんないぜ……」
「……なんや、和葉んとこにも、電話来とったみたいやで。和葉が『工藤のくそぼけー』いうて、今日怒っとったわ。このことやったんか」
「ははは」
「せやけど、まあ、和葉に愚痴る元気があるんやったら、大丈夫やろ……」
「あいつ、弱ぇけど、強いしな」
「お前のこと信じて待ってくれとんのや。工藤、お前次のチャンスは絶対逃すなや」
「ああ。場所もシチュエーションもかまやしねぇ。こんな思いするくらいなら、死体の前ででも告白ってみせるぜ」
「そ、そりゃ……ちょっとねーちゃんが気の毒やなあ(^_^;」
そりゃ、俺だってそんなのは嫌だ!!しかし、この状況はもっと嫌なんだよ!!
何であの時「新一」の口から「待っててくれ」、その一言が……一言が……ああああああああ。俺は受話器を握り締めて天を仰いだ。
「しっかしなあ」
受話器の向うから服部の脳天気な声が聞こえ、俺は慌てて受話器を持ち直す。
「お前あん時、もー少しでねーちゃんとキスできる所やったやん。残念やったなー」
そうなんだよな……。俺はがっくり肩を落とした。唇の端に自嘲の笑みが浮かぶ。
蘭に一言言ってやれなかったのも残念だが、あの唇を目の前にお預け食らってしまった悔しさったらない。
一言言えなかったんだから、せめてキスくらい……。ああ、俺、神に見放されてるんだろか。
「せやけど、や。お前、ホンマにする気やったんか?」
「何を」
「キスや」
「あったりめーだろ?」
「だ、壇上でか?」
「どこだろーが俺はもーなりふりかまってらんないんだよ!!」
「せやけどなあ」
「お前だって俺の立場だったらどうだよ。演劇とはいえ、みすみす他の男にさせてたまっかよ」
「せやけどなあ」
なんか、歯切れ悪いなあ。こいつ。照れてるのか?
「俺やったらとりあえずキスは阻止する……と思う……んやけど……。自分が……っちうのは……なあ」
「あのなー。こんな機会、まずねぇぜ?据え膳ってやつだよ。据え膳」
「アホ。人前やで」
「そんなの気にしてられっかよ。そりゃ俺だって、ちょっとは恥ずかしいけどよ。でも状況が状況だ。うだうだ言ってる暇はねぇの」
「まあ、工藤の場合、特にそうかもしれんけど……」
「うるせぇなー。お前だってキスしたいなー、とか思うだろ?」
「あ、アホ!!」
服部の声が裏返る。うわ、マジか、こいつ!!全然奥手じゃん。いつもの威勢はどこ行ったんだ?
笑い飛ばしたいのを必死でこらえたが、あまりの可笑しさに口の端が緩んで仕方がない。あの服部がねえ。
こりゃ、遠山さんも苦労するだろうなあ。
服部の奴、きっといざお付き合い」になったらキスどころか手ぇ握ることもできないんじゃ……ククク。
俺はちょっと、調子に乗った。
「何笑っとんのや」
「や、別に」
「俺のことはええんや、お前のことや」
「こっちははっきりしてるよ。俺はキスがしたかったんだよ」
「うわ、お前、臆面もなくよー言うなー」
「別に、普通じゃねぇかよ。俺は心は普通の健全な男子高校生なの。好きな彼女とキスしたいって思うのは、普通だぜ?」
「せやけど」
「あーー、キスしたいなーーーー」
「あ、アホ!!俺の方が照れるやろ!!」
「何でお前が照れるんだよ。おーれーはーーー、キスしたいなーーーーー」
「!!」
不意に扉の方に気配を感じて、俺は鋭く振り返った。
いつの間に帰ってきたのか戸口で蘭が非常に複雑な眼差しでこちらを見ている。
当たり前だ。今のはどう考えても小学校1年生の台詞じゃない。それより一体どこから聞いてたんだ!!こいつ!!
「こ、コナン君……」
「お、おかえり、蘭姉ちゃん」
完全に声が裏返っている。やばい。落ち着け!!俺!!
受話器の向うで服部の「やば!!またな!!」という声が微かに聞こえ、電話が切れる音がする。薄情者。
「ツー、ツー、ツー」
俺と蘭の視線が微妙な気配を含んで絡み合う中、受話器から音が響く。空気が重くのしかかってくる。俺は静かに受話器を置いた。
何か、何か言わないと。な、なんて切り出そう。
「や、やあねえ。コナン君ったら」
引きつった笑いを浮かべて、最初に動いたのは蘭だった。手にしていたスーパーでの買い物を台所に置く。
「ホント、おませさんなんだから」
「え、エヘヘヘヘ」
うう、泣きてぇ。
「誰から電話?」
「え?」
「電話の相手よ。まさか、歩美ちゃん?それとも哀ちゃん?」
「ち、違うよ、お、男だよ。男。ちょっと……男同士の話を……」
「やあねぇ。それでキスしたいとかいう話になっちゃうの?最近の小学生って皆そんなおませさんなのかなあ」
「え、ええとー」
冷汗がダラダラと落ちる。しっかしりろ!!俺!!なんとか、なんとかこの場を乗り切らなければ!!
蘭は台所で買い物袋から食材を出して冷蔵庫に入れていく。ふ、とその手が止まった。
「もしかして……新一?」
「!!??」
な、なんでそうなるんだよ!!
うろたえる俺に蘭がゆっくり近づいてくる。後ろは壁。た、退路を断たれたか!!
蘭は膝をついて俺の視線の高さに自分の視線を合わせると、じっと俺の目を覗き込んだ。
「その顔は図星ね」
だ、だから何で俺なんだよ!!一体俺をどういう眼で見てやがんだ?こいつ!!
「まったく、新一ったら。コナン君に……キスの話なんてして、どういうつもりなのかしら」
呆れたように立ち上がる蘭の頬が少し赤い。ような気がした。
「ええと、ほら。この前の、お芝居……」
恐る恐る蘭の顔色を窺いながら小声で言うと、途端に蘭の顔がパパパーっと赤くなる。うう、可愛いぜ、蘭。
なるほど。蘭もあの時のことを気に止めてるわけだ。だからキスの話→新一、って発想になるんだな。これは……いい傾向?
思わず緩んだ顔を慌てて引き締める。油断は禁物だ。
「や、やあねえ。し、新一にも困ったものよね。先生とはちゃんと『振りだけ』って約束してたのに、突然入れ替わったかと思ったら……」
頬を染めて俯く。
「ホントに……」
短い沈黙。蘭は、想像してるのだろうか??俺とのキスシーン……。
「蘭ねえちゃんはさあ」
「な、なあに」
「キスしたことあるの?」
「え!!??」
「キスしたいと思う人いないの?」
蘭が全身で反応するのが可愛くて、俺はあどけない口調で続ける。……意地が悪いか?これくらい、いいよな。
「もしかして新一にいちゃん?」
「こ、コナン君、や、やだ。なに言ってんの」
蘭の顔が真っ赤になる。蘭は屈むと、俺のおでこを軽く爪ではじいた。
「子供が、そんなことに興味もっちゃだめでしょー」
「えー。なんでー?」
「だってまだ……コナン君には早いわよ」
「つまんなーい」
「つまんなーい、じゃないでしょ?じゃあ、コナン君は誰とキスしたいの?さっき言ってたじゃない」
やべぇ。薮蛇だった!!思わず笑みが引きつる。気付かれたかな?
「んーと、まだいないんだけどね……」
「そーなのー?」
蘭の顔がちょっと意地悪い笑みが浮かぶ。これで主導権を握った積もりか?まだまだ甘いぜ。
「かわいいガールフレンドが二人もいるくせに」
「だって、新一にいちゃんが……」
「え」
蘭の顔が再び色づく。分かりやすいなあ、こいつ。ホントに。
「キスってもんは、ホントに、一生、俺にはこいつしかいねぇ、って相手じゃなきゃしちゃだめだぞ、って……」
「新一が……」
「だから、僕も早くそんな人に出会ってキスしたいな……って……」
後半、小声になったがどうせ蘭は聞いちゃいないだろう。
蘭は気付いてる。あの時俺がホントにキスしようとしてたこと。それなら。それならこの言葉の意味わかってくれるよな!!
コナンの方を見ずに呆然と蘭が立ち上がる。左の指先が軽く唇に添えられている。
その視線の先には……「新一」がいるのかもしれない……。
今蘭は、何を思っているんだろう。コナンを通して伝えられる「新一」の言葉。
これがちゃんと「新一」のままで伝えられたら!!すぐにあいつを抱きしめてやれるのにな……。ちうか、抱きしめてぇ!!
俺は、自分の小さい両手を見て、絶望的な想いに駆られた。
「こいつしかいねぇ、か」
蘭が小さく呟く。俺は何か言おうと口を開いて、やめた。今の俺の言葉は、所詮はコナンの言葉なんだ。
「待っててくれ、か。勝手だよねえ、新一って」
俺は、何も言えなかった。
**
「なんだ、今日はご馳走か?」
眠りの小五郎が頓狂な声を上げる。
「そんなんじゃないわよ」
「なんだなんだ。ここんとこ元気なかったのに、いきなりだなあ。なんかいいことでもあったのか?」
「ないわよ、そんなもん」
「まさか、奴じゃないだろうなあ。あの探偵かぶれからでも電話があったんじゃ」
満面の笑みで蘭が俺を振り返る。
「なかったよねー。なんにも」
「う、うん」
「あの大バカ推理之介が、そんなにほいほいかけてくるわけないじゃなーい」
その台詞がちょっとひっかからないでもなかったが、とりあえず気持ちは伝わったみたいだし、よしとするかあ。……とほほ。
えーと。何でしょうねえ。新一独壇場?あ、コナンか(^_^;)
平次との会話が前振りのはずが結構な行数とってますよ?なんかこの二人の掛け合い、書き易くて。
なんか私が書くと新一=積極的、平次=奥手っちう図式が。いいのかな、これで。
イメージ違ったらごめんなさい
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